百年都市ニューヨーク 第28回 創業1837年 デルモニコス(完)

 150年以上前にデルモニコスの天才料理長チャールズ・ランホーファーが考案した4000近い料理は、同店の地位を不動のものにした。中でも象徴的だったのは1868年に英国の作家チャールズ・ディケンズ(「オリバー・ツィスト」「二都物語」他)の謝罪だろう。ディケンズは1841年から42年にも米国に招聘されているが、そのときの料理のレベルの低さを2冊の自著「アメリカ紀行」「マーティン・チャズルウィット」で皮肉たっぷりに揶揄した。それが米国の読者の怒りを少なからず買っていたのだが、67年にニューヨーク記者クラブがデルモニコスで主催した晩餐会でランホーファーの名品の数々と出会った文豪は、前言を完全撤回。「この店の料理とサービスは世界に比類ない」と絶賛し、前2書の新版には訂正文が添えられることになった。アメリカの料理が世界レベルに到達した瞬間である。

今でも味わえる名品の数

 前回紹介したステーキ以外のランホーファー作品にも触れておこう。例えば、女子を中心に日本でも大ブームのエッグベネディクト。「美食家大全」の858ページに作り方が載っている。「2つに横割りしたマフィンの上に同じ直径のよく焼いたハム(厚さ8分の1インチ=約3ミリメートル)をそれぞれ置き、上からポーチドエッグを1つずつ載せ、仕上げにオランデーズソースをかける」レシピはほぼ変わっていない。わがままな常連客のベネディクト夫人が、「今まで食べたこともない朝ごはんを作って」と無茶振りを言ったのが起源、という説があるが真偽のほどは確かでない。
 他にも、ロブスターにマデイラ酒風味のバターをふんだんに入れたソースをからめた「ロブスターニューバーグ(「大全」411ページ)や 鶏肉をクリームソースと一緒にパイ皮に詰めたチキン・ア・ラ・キングなども、現在のデルモニコスで人気の定番メニューだ。
 日本ではなかなかお目にかかれない逸品はベイクドアラスカ。アイスクリームをスポンジケーキに包み、表面をメレンゲで覆って高温のオーブンで焼いたデザートだ。この技法は昔からフランス料理ではおなじみだったが、ランホーファーはアイスクリームにバナナを仕込んでひとひねり。ちょうどアメリカがロシアからアラスカを新領土として買収した1867年に「ベイクド・フロリダ・アラスカ」の名でデルモニコスから売り出したところ大ヒットした 。

現在、デルモニコスで提供するのはキャビアとトリュフを添えた豪華版だが、厚手のカナディアンベーコンとほどよい酸味のオランデーズソースは往時と変わらない

異形とサイズには圧倒されるが、メレンゲは食感も軽く意外に甘さ控えめ。アイスクリームがバナナ味で
スポンジもバナナケーキというのがミソ

20世紀に入り衰退

 デルモニコスは1881年に2代目社長ロレンゾが他界したのちも、料理長ランホーファーの経営手腕で隆盛を極める。とはいえ時代の流れとともにダウンタウンの本店は勢いを失い閉店。その後、ロレンゾの甥にあたる3代目社長チャールズ・デルモニコが忠実に店の品格を継承し守り抜いた。ダウンタウンのオリジナル店舗は閉めたものの97年にはさらに北上してミッドタウン5番街と44丁目の角に5階建ての贅を尽くした新店舗を構えた。ところが99年にランホーファーが、1901年に3代目チャールズが、相次いで他界。その後、遺族親戚が経営を担当するが、急死やいさかいが続き、店は衰退した。一世を風靡したアメリカンフレンチも、和食や中華など異国料理の上陸で次第に飽きられてきた。    
 決定的なボディブロウは1917年の禁酒法施行。どんなにおいしいレストランでもアルコール飲料が出せなければ致命的だ。結局、23年にデルモニコスは廃業。サウス・ウィリアムス・ストリートのオリジナル店舗の建物はそのまま残ったが、長い間、空き家状態で77年になってようやく再出発。その後、イタリア料理のビーチェグループが買収し1億円以上を投じて大改装。98年にはクロアチア出身のレストラン王ミラン・リクルが買い取って今に至る。
 貧しい移民の家庭に生まれたミランは、同じ移民成功者デルモニコ家とその功績に強く共感するという。現在のデルモニコスでは、料理はもとより内装、食器、サービスもすべて180年前の栄光の時代をそのままに再現している。ランホーファーのレシピ本ほか数多の資料と過去の栄光が奏功したことは言うまでもない。(了)

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Delmonico’s Restaurant
創業1837年、リンカーン大統領や文豪マーク・トウェイン、チャールズ・ディケンズも愛した名店。デルモニコステーキをはじめ、エッグベネディクト、ベイクドアラスカなど数々の有名料理を生み出した。メニューに「アラカルト」やワインリストを初めて導入したのも同店だ。支店を持たないため、ニューヨークでしかここの料理は食べられない。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。