残業をするのは日本特有の文化なのか?
私の娘は現在、ニューヨークの日本企業の支社でジェネラルマネージャーとして働いている。2年前、ニューヨーク赴任が決まったとき、「これでもう仕事ばかりしなくなるだろう」と、親としてはほっとした。というのは、残業のしすぎで体を壊すことがしばしばあったからだ。
ところが、娘はいまも日本にいるとき以上に残業している。ニューヨークと日本では時間が昼夜逆転するので、もう家に帰っただろうと、こちらのお昼前に電話かけると、まだオフィスにいることが多いのだ。「まだ仕事をやっているのか?」と聞くと、「そうよ」の返事。そこで、「もう11時になる。そこはアメリカだろ。なんでこんな遅くまで働いているんだ」と聞くと、「仕方がないよ。仕事が終わらないんだから」と言う。で、さらに「もうみんな帰ったんじゃないの。1人でオフィスにいるの?」と聞くと「そうよ」と言うのだ。
娘ばかりではない、海外にいる日本企業の駐在員たちは、遅くまで働いている。現地社員が定時に帰っても、延々と残業をやっている。それを見て、欧米人は「日本企業はおかしい」と口をそろえる。たしかに私もおかしいと思い、「これはやはり日本特有の慣習、日本文化なのか」とがっかりする。最近は、娘は仕事が本当に好きなんだと諦めているが、アメリカ人社員が全員帰ったオフィスに1人で働いている娘を思うと心配でたまらない。
「日本人は勤勉」「日本人は世界でも有数な働き者」「日本人は責任感が強い」とよく言われる。だから、残業は日本文化だとする見方がある。また、「上司が帰らないから帰るわけにいかない」という意見も耳にタコができるくらい聞いてきた。かつて評論家の山本七平氏は、「日本は空気の国」だと指摘した。“空気”とはその場の雰囲気のことで、人々の行動はそれに左右される。長時間働くのが美徳とされ、遅くまで残って働いる人間がいれば、それに合わせてみな帰らない。「お先に」と言い出せない。これが、残業が減らない原因だとしたら、いくら法律を改正しても無駄だ。しかし残業が減らない本当の理由は、慣習や文化の問題ではない。
残業する理由の第1位は「生活費稼ぎ」
「なぜ残業をするのか?」に関しては、これまで多くのアンケート調査が行われてきた。その結果を見ていくと、いずれの調査でも第1位は「生活費稼ぎ」である。
マイナビニュースの会員へのアンケート調査(2016年12月)によれば、「生活残業をしたことがある」と回答した人は約4割。その理由としては「給料が安い」「生活が苦しい」「お金が必要」「稼ぎたい」といった声が主流で、いずれもお金目当てだった。
また、エンジニア向けウェブマガジン、fabcross for エンジニアの残業に関するアンケート調査(2017年3月)では、「残業費をもらって生活費を増やしたいから」(34.6%)が最多で、順に「担当業務でより多くの成果を出したいから」(29.2%)、「上司からの指示」(28.9%)、「自分の能力不足によるもの」(28.9%)となっている。
つまり、日本の会社員の多くは、残業をしないと生活が成り立たないのだ。かつての高度成長時代、日本人は本当によく働いた。あの時代を思い出すと、毎年給料は上がったし、残業すればするほど残業代が出た。だから、残業の多さはそれほど問題にはならなかった。しかし、いまや昇給は微々たるもので、残業代を稼がなければ生活は苦しくなる一方なのである。
となると、法改正で残業が大幅に規制されたら、多くの会社員は生活費が稼げなくなってしまう。大和総研が2017年8月に発表した「日本経済予測」によると、「働き方改革」によって月の残業時間が60時間になった場合、労働者全体で1カ月に3億8454万時間の残業が減ると試算されている。これを残業代に換算すると、なんと年間8兆5000億円となり、雇用者全体の報酬の3%に相当する。つまり、法改正によって残業代を減らしても、その分、給料が上がらなければ、労働者はさらに困窮することになる。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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