いまや世界の関心は、米中貿易戦争がどうなるのかにかかってきた。トランプ大統領は対中制裁関税「第3弾2000億ドル」の発動を表明したが、そんななかで米中協議がはたしてうまく行くのか? その行方はまったく読めない。
なぜなら、これは単なる貿易戦争ではなく「覇権戦争」なので、落としどころがないからだ。あるとしたら、中国が敗戦を受け入れるしかない。
では、その敗戦とはなんだろうか? それは人民元の大幅な切り上げによる変動相場制への移行だ。そうなれば、人民元は1ドル3元になる可能性がある。もちろん、日本もこれに巻き込まれ、経済は大きなダメージを受ける。
第4弾まであるという
「対中制裁関税」
トランプの発言、それに対する中国の反応で、NYダウをはじめとする世界の株価、そして為替レートが上下動を繰り返す動きが止まらない。投資家も、企業も、先行きが読めず、いまのところどうしていいのかわからない状況になっている。
そんななか、最終的に中国が折れて人民元の「変動相場制」(floating exchange rate system)への移行を受け入れるのではないかという憶測が出ている。もしそうなれば、日本が「プラザ合意」を受け入れた後、円が大幅に切り上がったように、人民元は切り上がる。その切り上げ幅だが、なんと1ドル3元になるとも言われ出している。
ともかく、トランプ発言は強烈だ。
今回、発動が表明された制裁関税「第3弾」2000億ドルではまだ足りず、9月8日には、新たに「第4弾」2670億ドルを用意していると言い放っている。
そうなると、制裁関税の総額は5170億ドルとなり、これは中国からの輸入品のほぼすべてに関税を課すことになる。そのため、このときNYダウは一時180ドル近くも下落した。NYダウの“鏡相場”である日経平均も2万2000円割れ寸前まで下落した。
その後、9月12日に、スティーブン・ムニューシン財務長官が中国に対し通商協議を持ちかけているとウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が報道すると、翌13日、中国商務省の高峰報道官が「中国政府はこれを歓迎する」と述べたので、株価は持ち直して上昇に転じた。
しかし、混乱はこれで収まらなかった。
またもトランプ発言が
株価を動かす
案の定、トランプがWSJの報道に噛み付いた。あたかも、アメリカが中国との協議を望んでいるかのように書かれたのが気にいらなかったのだろう。トランプは、こうツイートした。
“The Wall Street Journal has it wrong, we are under no pressure to make a deal with China, they are under pressure to make a deal with us.”(ウォール・ストリート・ジャーナルは間違っている。われわれには中国とのディールを成立させなくてはならないプレッシャーはない。ディール成立へのプレッシャーを受けているのは中国だ)
このツイッターによって、上げに転じていたNYダウが上げ幅を一気に落としたのは言うまでもない。
ただし、このことでわかるのが、アメリカ政府内部が一枚岩ではないことだ。「貿易摩擦がさらに激しくなることはどちらの利益にもならない」と考える穏健派(soft-liner)と、「ここで中国を徹底的に叩かねばならない」とする強硬派(hard-liner)の対立が続いている。
前者の代表が、かつてゴールドマンサックスのCEOとして中国案件でさんざん儲けたムニューシンである。後者は、ラリー・クドロー国家経済会議(NEC)委員長、ピーター・ナヴァロ通商製造政策局(OTMP)局長、ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表などだ。
トランプは後者であるが、自分が仕掛けている貿易戦争の歴史的・政治的意味をわかっていない節がある。そのため、投資家は常に不安になり、中国でさえ、アメリカの出方がつかめないで苦悩している。
いずれにしても、投資家はこれ以上の貿易戦争を望んでいない。もちろん、投資家ばかりではない。アメリカ以外の各国も、貿易戦争に巻き込まれることを望んでいない。貿易戦争がこれ以上激化すると、アメリカ国内の物価が上がって消費が落ち込み、世界の景気に悪影響が出る。景気は後退局面に入りかねない。さらに、新興国経済も減速ししまう。
これは、ウォール街がもっとも嫌がるシナリオだ。
貿易戦争の影響を
もっとも受けた国は?
とはいえ、このような危惧は、トランプが制裁関税を武器に世界相手に貿易戦争を始めてからずっと続いている。その結果、前記したように株価も為替も方向感を失っている。
最近、この状況を分析した興味深い記事が出たので、ここで、紹介したい。それは、エコノミストの安達誠司氏による現代ビジネス(9月13日)の記事「米中貿易戦争後に訪れる『新世界経済秩序』が少しだけ見えてきた」だ。
この記事の中で安達氏は、トランプが制裁関税を発動した後の世界の株価の動きを、主要先進国と新興国、及び欧州諸国の3つに分け、それぞれのグラフを示して次のように述べている。
《約3ヶ月間の株価指数のパフォーマンスを振り返ると、アメリカ、インド、オーストラリアがそのリターンがプラス、日本はわずかにマイナス(−0.5%弱なのでほとんど横ばい)であったのに対し、台湾、韓国が5%程度のマイナス、ドイツが9%弱のマイナスである。そして中国は13%弱のマイナスとなっている。
この3つの図表のインプリケーションとしては、「米国との(政治的な)距離が近い国ほど株価のパフォーマンスが優位で、逆に中国との(政治的な)距離感が近い国ほど株価のパフォーマンスが劣後している」というものだろう》
このことをもう少し詳しく述べると、アメリカとアメリカに近い国(とくに同盟国)は影響が少ない。少ないと言うより、株価は日本(日経平均)と英国(FTSE100)を例外として上昇している。逆に、中国と中国に近い国は影響が大きく、株価は下落しているということだ。アメリカの同盟国のなかでドイツ(DAX)のマイナス9%というのは、ドイツがこれまで中国とあまりにも親密すぎたからだろう。
実際、NYダウは、6月に制裁関税「第1弾」が発動された後は一時的に下げたが、その後、6月の2万5000ドルからいまは2万6000ドル台に乗せ、約1000ドルも上昇した。
“鏡相場”の日経平均も同じような動きをたどったが、NYダウのようには上昇せず、6月の値をわずかに下回った。それでも、欧州諸国ほど悪くない。フランス(CAC40)、スイス(SMI)、ユーロネクストはみな3%以上下落している。
もっとも、日本の株価は公的資金が注ぎ込まれた“つくられた株価”なので、分析はさほど意味を持たない。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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