「プラザ合意」で円はどうなったか?
「プラザ合意」といえば33年も前の話だ。1985年9月、アメリカは、ニューヨークのプラザホテルに、先進5カ国(日・米・英・独・仏=G5)の財務相と中央銀行総裁を招集した。
「双子の赤字」(貿易赤字と財政赤字)を抱えたアメリカはこれを解消するために、各国の通貨を一律10~12%切り上げることを求めたのだ。当時、対米黒字を一番稼いでいたのが日本だったから、この要請は主に円をターゲットにしたものだった。
では、なぜアメリカは双子の赤字に苦しんだのだろうか?FRBがインフレ抑制のために、厳しい金融引き締めを行ったからだ。これによりドル金利は20%にもなり、世界中の投機マネーがアメリカに集中した。その結果、インフレからの脱出には成功したものの、投資は抑制され、財政赤字も貿易収支の赤字も拡大したのである。
アメリカの要請に、世界各国は同意せざるを得なかった。もちろん、日本はもっとも好景気を謳歌していただけに、有無を言わず同意させられた。
こうして世界各国は、ドル売りに乗り出した。当時のドル円レートは1ドル240円台だったが、この年の年末には1ドル200円台に急騰。翌年、翌々年と上がり続け、1987年末には、1ドル120円台にまで上がったのである。
通貨価値が倍になったのだから、輸入するにはいい。しかし、日本製品は輸出競争力を失い、「円高不況」が襲った。そのため、日銀は大幅な金融緩和と低金利政策をとった。こうして、日本は投機が投機を生むという、空前の「バブル経済」に突入したのだった。
中国が変動相場制を受け入れられない理由
この日本の教訓もあり、中国は変動相場制への移行を拒み続けるだろうといわれている。ただ、中国がもっとも恐れているのは、日本の教訓ではなく、変動相場制になると体制崩壊の可能性が高まることである。
中国経済は、いまだに国がコントロールする「統制経済」である。いくら市場原理を取り入れたとはいえ、共産主義時代の「5年計画」のような、国家計画の下に経済を統制している。
しかし、変動相場制ではこれができなくなる。極端に言うと共産党がなにもかも指導する体制に風穴が開いてしまうのである。
さらに、変動相場制を導入したら、国境を越える資金移動を自由化させなければならない。変動相場制の下では、為替レート、金利差などにより、資本は国家の枠を超えて移動する。となると、中国は常に資本流出を警戒しなければならなくなる。
つまり変動相場制は、資本の流出を加速させるのと同時に、共産主義を放棄することにもつながる。それを考えると、変動相場制は受け入れられないというのだ。
しかし、中国が覇権拡大を目指すなら、通貨の国際化、ハードカレンシー化(貿易決済通貨にすること)は避けられない。実際、中国はこの政策を実施してきている。
しかし、その最後の壁、つまり変動相場制への移行は、体制維持と矛盾するので、踏み切れていないのである。
関税戦争開始以来人民元売りがとまらない
ここで、近年の人民元の動きを見てみよう。
2005年7月、中国政府は人民元を固定相場制から管理フロート制に移行させた。WTOに加盟した以上、固定相場制は世界中からの反発を招き、アメリカも圧力をかけたからだ。
管理フロート制は、完全な変動相場制に移行するまでの経過措置とされた。人民元の為替レートは変動するが、その変動範囲を一定範囲内に収まるよう中国人民銀行がコントロールできるというシステムだった。
以来、人民元は対ドルでじょじょに切り上がっていった。管理フロート制移行時には1ドル8.1元だったのが、3年後の2008年7月には1ドル6.8元までになった。しかし、その後リーマンショクが起こると、中国は自国の輸出産業を保護・支援するため、人民元を一時的に「1ドル=6.825元前後」という固定相場に戻してしまった。
中国が管理フロート制に復帰したのは2010年6月。このときから、再び人民元高が進み、2014年1月には、ついに1ドル6.0元までになった。
しかし、それでも、貿易黒字を稼ぎすぎるので、人民元は割安すぎるとアメリカは批判した。アメリカ政府はたびたび中国を「為替操作国」に認定するという脅しをかけた。
あのグルーグマンでさえ、「中国は為替操作をしている」とし、「それにより世界経済に大きな害を与えている」と批判した。しかし、中国は認定されないことをいいことに、これまで、のらりくらりと管理フロート制を続けてきた。
それをトランプが打ち破り、制裁関税を発動させたのである。
今年4月、トランプが制裁関税を発表したときから、人民元はどんどん売られるようになり、発動後の8月、とうとう1ドル7.0元を割り込んだ。
中国は現在、人民元安を防ぐため、外貨準備のドルを吐き出さなければならない状況に置かれている。中国の外貨準備は、ピークだった2014年の4兆ドルに比べ1兆ドル近く減り、この7月末は3.118兆ドルとなっている。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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