連載159 山田順の「週刊:未来地図」 中国がアピールする (中) 「自由貿易体制を守る」のおこがましさ  

アメリカも中国も保護主義大国

 トランプが貿易赤字を問題化し、制裁関税をちらつかせるようになったとき、アメリカでは「自由貿易の時代(free trade moment)が終わる」と言われた。日本でも、トランプ批判、アメリカ批判が起こり、「アメリカは自由貿易という世界から逸脱しようとしている」と言われた。しかし、こうした認識はすべて間違っている。
 なぜなら、アメリカは初めから自由貿易などしていないばかりか、世界一の関税国家だからだ。アメリカの関税率は平均すると約3%と比較的低い。しかし、ロビーイングされた製品には飛び抜けて関税が高いものがある。たとえば、ピーナッツ131.8%、ツナ35%、乳製品20%、軽トラック25%などだ。アメリカは、輸入品373品目に対し、保護主義的な税(protective duties)をかけており、そのうちの90%以上は最近3年間に始まっている。なかでも、中国製品は140品目を占め、関税率はしばしば100%に達する。それをトランプはさらに広げ、徹底的に叩くことにしたのである。
 アメリカには、「非関税障壁」(non-tariff barriers)も多い。輸出補助金、差別的規制、国産品購入ルール、フェアトレードの義務付けなどが、これに当たる。こうなると、アメリカが自由貿易を標榜する国家だとは誰も思わない。
 もちろん、中国の障壁はアメリカ以上である。モノの貿易はさておき、中国はいまだにWTO体制にタダ乗りしている。海外の制度を勝手に使いつつ、国内は完全に管理している。外資参入は分野ごとの出資比率制限などで厳しく制限し、事実上、輸出補助金は温存して国内産業を守っている。しかも、そうした企業はほぼ国有企業であり、北京の許認可がなければ外国資本はなにもできない。なにより、資本取引の自由化はいまだに許可されていない。
 このことは、たとえば、中国企業は海外の企業を金にあかして自由に買えるが、自国企業は外国資本にはいっさい売らないということだ。となると、中国をこれ以上儲けさせると、世界中の企業が中国に買われてしまう。

自由貿易が戦争をなくすという理想

 自由貿易というのは、19世紀にさかんに唱えられた「理想」だった。経済の自由が戦争をなくすとして、欧州各国は、その実現を目指した。しかし、20世紀に入り、第1次対戦が勃発すると、理想は吹き飛んでしまった。
 自由貿易の理想をもっとも熱く唱えたのは、英国の政治家で実業家のリチャード・コブデン(1804〜1865)である。コブデンは、自由貿易を行う国が増えると、平和の維持が大切になり、軍事力の使用が減ると考えた。実際、19世紀後半は、世界で大きな戦争はほとんど起きなかった。
 コブデンが1948年に行った演説を知ると、なるほどと思う。この演説はウェブで読める。
 Richard Cobden’s “I have a dream” speech about a world in which free trade is the governing principle (1846)
→http://oll.libertyfund.org/quote/326
 「夢かもしれませんが、遠い未来、自由貿易の力は世界を変え、政府の仕組みはいまとまったく違うものになっているかもしれません。強大な帝国も大規模な軍隊もいらなくなるでしょう。人類が一つの家族になり、労働の果実を同胞と自由に交換できるからです。国家は地方自治体のようなものになるでしょう」

 第2次大戦後も、世界は自由貿易体制を構築しようとした。しかし、できたのは、条約による管理貿易体制だった。冷戦が崩壊してもこれは変わらず、21世紀になると、自由貿易の名の下に保護主義を推し進めようとする欺瞞が目立つようになった。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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