「近い将来、EV(電気自動車)時代がやって来る」と、昨年までさかんに言われていた。この分野は中国が先行し、「日本は世界でいちばん遅れている」とまで言われてきた。ところが、ここにきて「EVはそんな簡単に普及しない」という見方が強まっている。「空騒ぎで終わる」という極論まで飛び出している。そこで、今回は「EV時代はやって来ない」と題してレポートする。
「EVシフト」を決定づけた中国の規制
昨年まで、「将来クルマはすべてEVになる」という空気が支配的だった。日本は、この分野で完全に出遅れていたので、どのメディアも「このままでは大変なことになる」と危機感を煽っていた。私もこの問題を何度か取り上げ、EVでなぜトヨタが出遅れたのかをレポートした。そして、昨年、トヨタが本格的な100%EVの開発に乗り出すと宣言したときは、「遅すぎたのではないか」とまで批判した。
しかし、いまや私のこの考えは大きくぐらついている。とくに、今年になってから、EVを取り巻く状況がはっきりし、遅々として開発が進んでいないのを知るにつけ、「EV時代がやって来る」ことに対して、きわめて懐疑的になった。
思えば、いまに至るEVブームは、10年ほど前から始まった。先行したのは、アメリカの新興メーカー、イーロン・マスク氏率いるテスラだった。しかし、それが一気に世界的なブームになったのは、2015年の中国の本格的な参戦からである。
中国政府はEV開発のために多額の補助金を出し、2016年には自動車メーカーに一定比率の「新エネルギー車」(NEV: New Energy Vehicle、中国語では「新能源車」)をつくることを義務付けた。そのため、雨後の筍のようにEVメーカーができ、そのうちの BYD(日亜迪)は、いま世界一のEVメーカーにまで成長した。
中国の急激なEVシフトに慌てたのが欧州で、フランス、英国、ドイツが次々に、2040年までにガソリン車の販売を禁止し、EVのみにすると発表。これにインドなどが続いた。こうなると、EVシフトは世界的な規模となり、いまでは、世界中のメーカーがEVの開発と実用化にしのぎを削るようになった。
中国は、現在、世界一の自動車市場である。年間販売台数2912万台は、アメリカ1758万台、日本の524万台をはるかにしのいでいる(2017年、IOMC:International Organization of Motor Vehicle Manufacturers調べ)。これでは、中国のEVシフトが、世界中にインパクトを与えないわけがない。こうして、誰もが「EV時代がやって来る」ことに、疑いを持たなくなったのである。ところが、その中国のEVの状況が、最近、とんでもなく「トホホ」だとわかってきた。
ガソリン車では世界と日本に追いつけない
中国がEVシフトは決めた最大の理由は、ガソリン車による深刻な環境汚染のせいだとされた。北京を悩ます「PM2.5」公害は、排ガスを出さないEVなら起こらない。そのため、中国は自動車メーカーにEVシフトを義務付けたというのだ。
したがって、中国では次世代の環境カーを、前述したように「新能源車」(NEV)と呼んだ。そして、このNEVを次の3つとした。
・EV(Electric Vehicle:電気自動車)
・FCV(Fuel Cell Vehicle:燃料電池車)
・PHV(Plug-in Hybrid Vehicle:プラグインハイブリッド車)
ここに、トヨタが世界をリードしてきたHV(Hybrid Vehicle:ハイブリッド車)は含まれなかった。それもあって、トヨタは慌ててEVシフトを宣言したといえる。トヨタが次世代カーをFCVと想定したことも誤算といえた。
しかし、世界中がEVシフトを決めても、それが実現するためには、絶対に必要なことがあった。それは、EVのコストの主要部分を占める燃料電池の技術進歩と、それによる製造コストの削減だ。これを、最近の技術進歩の速さから見て、「2030年は世界の車の4割がEVになる」と予測したため、すぐにでも「EV時代がやって来る」というムードなったのである。正直、私もこのムードに流されていた。
しかし、よくよく状況を考えてみれば、テスラは別として、ドイツがEVに舵を切ったのは、ディーゼル車(diesel car)が大コケしたからだった。また、中国のEVシフトは、ガソリン車ではいくらやっても技術的に世界に追いつけず、ハイブリット車では日本勢に歯が立たなかったからだ。大国になったのに、世界的な自動車メーカーがない。それなら、一気にEVシフトしたほうがいいと中国は考えたためだ。そこには、将来の車がEVでなければならない、絶対的な理由はなかった。
世界のEV販売台数の約4割が中国
中国は「社会主義市場経済」とされるが、いまだに共産主義時代の「計画経済」を実施し、5カ年計画なるものに基づいて、国が経済を運営している。EVの開発と実用化は、こうした計画経済の一環である。中国政府は、2015年に産業中期戦略「中国製造2025」を発表したが、その中核事業がEVだった。では、その結果、どうなっただろうか? 数字だけで見ると、EVシフトは上々の滑り出しを見せたのである。
2017年、世界全体のEVの販売台数は約122万台である。これは、2016年比でプラス58%と、ものすごい成長ぶりである。そこで、この122万台の内訳を見ると、なんと約58万台が中国市場で販売されたものだ。つまり、EVの販売台数の伸びは、ほとんど中国で達成されたことになる。
中国政府の発表に基づくと、2015年~2017年のEV国内販売台数は約123万台である、これは、世界全体のEV保有台数、約323万台の約38%に相当する。また、2017年のEVとPHVを合わせた国内販売台数は78万台で世界全体の58%、2位のアメリカの約3.5倍の規模となっている。
中国のEVが世界でも突出しているのは、販売台数ばかりではない。2017年に世界で販売されたEV上位20車種のうち、9車種が中国メーカーのものとなっている。そのトップがEVとPHVの販売台数が約13万台となったBYDであり、この台数は、テスラの10万3000台、日産の約7万3000台をはるかに上回っている。BYDばかりか、BAW(北京汽車)とZGHG(浙江吉利控股集団)も、2017年は年間販売台数が10万台規模に到達している。
このように、データを挙げていくと、中国のEVは急ピッチで成長しているが、その中身となると、前記したように「トホホ」状態なのである。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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