連載172  山田順の「週刊:未来地図」 社会を分断する「人種差別」の罠(3、上) 白人は、もともとは黒人! 遺伝子が解き明かした真実

 これまで見てきたように、「人種(race)」という分類を適用して知能比較を行うと、日本人を含む東アジア系がいちばんIQが高く、続いて西洋系白人、中南米系ヒスパニック、アフリカ系黒人となる。これはいまもタブー視される真実だが、そもそも人種を分類すること自体が無意味なのだ。人類は「ホモ・サピエンス(Homo sapiens)」という1つの「種(species)」だからだ。
 ただし、人間の脳は生来、自分と他者を区別し、それを意味付けして記憶するという機能を備えている。これが、差別の出発点なのだ。では、どうすれば偏見と差別をなくすことができるのだろうか? シリーズ最終回は、最新の遺伝子研究などから解き明かされた人類の歴史から、この問題を考える。

テイラー・スウィフトの民主党支持声明

 人気歌手のテイラー・スウィフトが10月7日、インスタグラムで、「民主党を支持する」と表明したことが大きなニュースになった。これまで、政治的な発言をしてこなかった彼女が、なぜ、政治的カミングアウトをしたのだろうか?
 それは直接的には、彼女の地元であるテネシー州選出の現職下院議員で、今度の中間選挙に共和党から出馬している女性議員マーシャ・ブラックバーンの姿勢に賛同できなかったからだ。ブラックバーン議員は、男女の賃金平等と女性に対する暴力防止法の再認証に反対票を投じたため、これまで女性議員を支持してきたテイラーは怒ったのだ。
 つまり、トランプ大統領に事実上乗っ取られた共和党が、女性差別、人種差別的な傾向を強くすることに歯止めをかけたい、というのがテイラーの願いなのである。
 彼女は、インスタグラムに次のように書き込んだ。

 「いままで私は政治的な意見を公の場で表明するのは気がすすみませんでしたが、この2年間で自分の人生や世の中で起きたいくつかの出来事によって考え方が大きく変わりました」
 「これまでも私は、この国で生きる人すべてが享受すべき人権(human rights)を守り、そのために闘える候補者を支持してきましたし、これからもそうするつもりです。LGBTQの権利のための闘いを私は信じていますし、性的指向や性別に基づいたあらゆる差別(discrimination based on sexual orientation or gender)は間違っていると信じています。この国でいまだに見られる組織的な人種差別(systemic racism)は恐ろしく、不快で、蔓延しています」

 これに対して、記者から質問されたトランプはなんて言っただろうか?
 
 「テイラー・スウィフトはまったくなにも……(ブラックバーン議員)について知らないんだろう。テイラーの音楽が25%くらい嫌いになった(I like her music 25% less)とだけ言っておくよ、それでいいか?」

 6日の中間選挙でアメリカがこの先どんな国になっていくのかが決まる。もちろん、中間選挙の争点は差別だけではないが、トランプは、この点において人類の歴史に背を向けているとだけは言っておきたい。

人間の頭蓋骨の容量で人種をランク付け

 アメリカにおける人種差別を、科学的に根拠あるものにしたのは、19世紀前半に活躍した医師のサミュエル・モートンである。彼は、ペンシルベニア大学で解剖学の教授を務め、人間の頭蓋骨を収集していた。モートンは頭蓋骨に鉛を詰めて満たし、それを別の容器に移して容積を測った。そして、その結果を基にして人類は5つの「人種(race)」に分かれ、それぞれが神の定めた階層構造のなかに位置付けられていると結論付けた。
 容積がもっとも大きかったのが白人だった。次が、東アジア人、その下が東南アジア人、さらにその下にアメリカ先住民が来て、最下位が黒人だった。当時はまだ南北戦争が起こる前で、黒人が奴隷だった時代だったから、奴隷制度の擁護者たちは、モートンの主張に飛びついた。モートンは1851年に亡くなっているが、このとき、アメリカの医学界は、「黒人に劣等人種としての正しい地位を与えた」と、モートンの業績を称えたのである。
 現在、モートンの業績は忘れ去れている。しかし、人種には優劣があるという考え方は根強く残っている。「ある人種がほかの人種より劣っている」と考える人々は、いまでも多くいる。その典型が、「白人至上主義者(white supremacist)」だろう。

「人種」という概念そのものが根拠なし

 しかし、現代科学は人種についてモートンの主張とは正反対のことを提示している。モートンは、頭蓋骨の容量から人種に優劣があることは普遍的な真実だと結論したが、人種そのものが科学的な根拠のないものと判明している。
 モートンの時代はまだ、チャールズ・ダーウィンの進化論さえ発表されていなかった。誰もが人間が猿から進化したなどとは考えもしなかった。進化を司るDNAが発見されるはるか前の時代であり、先祖の特徴や形質がなぜ子孫に受け継がれていくのか、まったくわかっていなかった。
 しかし、現在ではDNAの働きはほぼ解明され、人種という概念そのものが科学的な根拠がないことがわかっている。人種は単なる「見た目(appearance)」、つまり、肌の色、髪の色、瞳の色などで人間を分類したものにすぎないのである。
 ヒト染色体の遺伝情報(DNA配列)を明らかにしようと、1985年にアメリカを中心に始まったのが、「ヒトゲノム計画(Human Genome Project)」だが、その被験者にはあらゆる人種の人々が選ばれた。ヒトの染色体には約30億という膨大な塩基対があり、その解読には膨大な時間が必要とされた。しかし、2003年にDNA解読は完了した。そのとき、この計画の中心人物、分子生物学者のクレイグ・ベンターは、こう述べた。
 「人種という概念には、遺伝的にも科学的にも根拠がない」
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

この続きは11月5日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。 ※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。