あれこれNY教育事情 ニューヨーク市公立学校で進む ダイバーシティの促進

 
  全米で最もシステムが複雑といわれるニューヨーク市の公立学校での教育は、社会状況や経済格差などの諸問題が深く関わっており、学校のダイバーシティ(多様化)政策が、保護者の不安に拍車をかけている。

入試における多様化促進(ダイバーシティアドミッション)とは?

日本で偏差値70以上の生徒が集まる公立学校が、「今年から全校生徒の25%は低所得家庭の出身で、偏差値40以下の生徒を優先的に入学させます」となったら、その学校への入学を目指して勉強してきた生徒と保護者はどう感じるだろうか。これが今、ニューヨーク市の公立学校で起こり始めている。
 米国には偏差値という考え方はなく、各種の統一テスト(Standardized Test)のスコアやGPA(Grade Point Average)と呼ばれる、各科目の成績から特定の方式によって算出された学生の成績評価値で学力の成熟度および学校の難易度を計る。
 成績の優れた生徒が選抜を経て希望する学校を目指し、学校側も優秀な生徒に門戸を開くといった従来通りの認識。すなわち「良い学校に入りたければ、勉強すればよいではないか」という自己責任的な考え方は、ニューヨーク市のような人種的、社会的、経済的格差の大きな大都市では通用しない。
 子どもの学力と保護者の人種、教育程度、経済力は比例する。それがあまりにも明白すぎて、ニューヨーク市は現在、全米で最も人種的分離と教育格差の激しい都市といわれている。これに対する改革案は長年論じられていたが、具体的に実施され始めているのが、ニューヨーク市教育局(DOE)における「ダイバーシティアドミッション」、入学基準の変更による多様化促進の取り組みである

格差を生む入学基準

 ニューヨーク市の公立小学校は、居住区によって通学する学校が定められており、居住地域による学校格差が生まれる。中学・高校では、入学を希望する学校を生徒が志望順に12校選び、学校も志願者の中から生徒を選抜し、双方の選択をコンピューターで合致させて最終的に生徒の進学先を決定する、「マッチング方式」を採用している。
 生徒の選抜方法(Admission Method)はDOEが定める数種類の方法がある。その中でメディアや保護者の間で、エリートスクール、セレクティブスクールなどと称される有名進学校や人気校で行われるのが「スクリーン方式」だ。統一テストの点数、成績、出席率、生活態度および入学試験の結果を総合的に判断して生徒を選抜する。
 有名中学への進学は、中産階級の白人生徒の間でも狭き門となり、テストの点数を上げるために保護者は子どもを塾に通わせ、家庭教師をつける。学力がさらに重視される高校進学では教育熱心なアジア系生徒との競争が激しくなる。格差社会の底辺に位置し、既に小学校の6年間で遅れをとったアフリカ系、ヒスパニック系の子どもたちが参戦する余地は少ない。より深刻なのは、そのような向上心を伴う「競争」の存在すら知らない世界に多くの子どもたちが生きていることだ。多様化社会の公教育の現実は格差と分離に満ちている。このような状況で、ビル・デブラシオ市長が打ち出したのが、次のような入試改革計画だ。

変わる選抜基準

 ニューヨーク市は数年前から、市内の全ての公立校に対し、特別支援生徒を一定数入学させることを義務付けた。同様に生徒の選抜基準を変えることで有名進学校を含む全ての学校の多様化を促進するのが狙いだ。

①低所得家庭および低学力の生徒に対する優先入学枠の設定
 マンハッタン区アッパーウエストサイドからハーレムの一部を含む学校区3における人種分離と格差の解決案として、保護者を含む教育評議会が提示。反対派と賛成派の間で熾烈な議論が巻き起こったが、最終的に承認された。「頑張っている生徒の行き先を奪い、教育程度の低い学校へ行けというのか」と憤る保護者と、「高額の塾に通いテストの点数を上げられる環境にいる子どもだけが、高度な教育を受ける権利があり、劣悪な環境にいる生徒は、そこから遠ざけても構わないといった考えは許せない」と応戦する校長のやりとりはメディアでも取り上げられた。公教育の役割と保護者の考え方の乖離が見て取れる。

学校区3のダイバーシティプランを報道するニューヨークタイムズの記事

②志望校順「ブラインドランキング」の採用
 2018年から市内全域で入学希望の優先順位を志望校に非公開とする。第1希望者のみを選考対象にする学校の存在が問題視されていたことへの解決案だ。 より多くの生徒が選考対象となる。

③スクリーニングの廃止
 ブルックリン区の学校区15で検討中。

④全ての学力レベルの生徒を一定の割合で受け入れる
 採用する学校が増加している。

⑤スペシャライズド高校入学統一試験(SHSAT)を廃止。市内の全公立中学トップ3%の生徒を自動的に入学させる
 議論段階である。
(取材・文/河原その子)