ニューヨークでは出産ツアーの施設で事件が
出産ツーリズムに関しては、正確な統計はわからない。いったい、どれくらいの数の外国人の子どもが、アメリカ国内で生まれているかは推計するしかない。イギリスの雑誌、国際メディカルトラベルジャーナル(IMTJ)によれば、医療ツーリズムによって海外に渡航して検診を受ける人々の数は年々増えていて1000万人に達している。そのうち、毎年、約4万人の子供たちが、旅行用のビザで入国した母親たちから生まれているという。その多くがアメリカ国内である。
中国の富裕層向けのメディアなどによると、中国人の出産ツーリズム利用者は、通常アメリカ国内に3カ月間滞在し、その間に子どもを産んで帰国する。そして、2人目もまたアメリカで産むというリピーターが多いという。中国人の出産ツアーは最近では、西海岸ばかりか東海岸にも及んでいる。
それを象徴する事件が今年の9月末、ニューヨークで起きた。クイーンズにある無認可の託児施設で、乳児3人と大人2人が刃物で刺されて重体に陥り、52歳の従業員の女が殺人未遂の罪で逮捕・起訴されたのだ。この施設は、主に中国人が出産ツアーで利用しており、刺されたのは生後3日から1カ月の女児2人、男児1人と、負傷した子ども1人の31歳の父親、および63歳の女性従業員の計5人だった。
ニューヨーク市警察によると、3階建ての建物のなかには11台のベビーベッドが設置され、事件当時は乳児9人とその親たちが滞在していた。地元メディアが近所の住人らを取材したところ、この施設には中国人のほかに韓国人やアフリカ系の家族も出入りしていたという。
日本人のハワイ出産と二重国籍の選択問題
このように、出産ツアーはアメリカ全土に及んでいるが、最近、もっとも注目されているのが、マイアミにやって来るロシア人妊婦たちだ。大手ネットワークテレビ局NBCの報道によると、マイアミには「マイアミ・ママ」という斡旋業者がいて、年間約100人のロシアやウクライナ(ロシア語を話す)の妊婦の出産をサポートしているという。そして、その3割がリピーターだという。報道によると、フロリダ州では、アメリカ以外に住んでいる外国籍の母親から生まれた子どもの数が、2000年からなんと200%も増加したという。
このような状況に一般の日本人は驚くほかないが、じつは、日本人のなかにも「出産ツーリズム」を利用するカップルはいる。日本人の場合はハワイが多く、「ハワイ出産」はいまもトレンドである。私の周囲にもそうした選択をしたカップルがいる。彼らはこう言う。
「気候がいいハワイでのんびりと安心して出産したいということもありましたが、いちばんの理由は、子どもの将来を考えてです。アメリカ国籍があれば、向こうの大学に進学する、向こうで仕事をするにも有利ですし、旅行に行くだけでも便利です。もちろん、22歳までに国籍選択をする必要がありますが、そのときに世界がどうなっているかで決めればいいと思います」
この国籍選択だが、別にしなくとも罰則はない。そのため、そのままにしている人間はけっこう多い。しかし一般人はいいが、そうでないと日本は法的に二重国籍を認めていないので、さまざまなトラブルが生じる。最近、テニスの全米オープンを勝ってヒロインになった大坂なおみ選手は、日本とアメリカのどちらの国籍を取るかということで話題になった。つまり、オリンピックにどちらの国の代表で出るかということだ。
どう考えても常識的にはアメリカである。しかし、本人と家族が「日本を取ります」と暗に表明していると聞いて、私はかなり驚いた。なぜなら、将来の人生設計、損得計算からして、この選択は不利だからだ。アメリカ国籍というのは「世界最強の国籍」と言って間違いない。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
この続きは12月4日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。