連載179  世界中が驚き、とくに中国人は大ショック!(下)  トランプが廃止すると言い出した「出生地主義」とは? 山田順の「週刊:未来地図」

なぜアメリカは「出生地主義」を採用したのか?

 それではここから、生まれた場所で国籍が決まるという「出生地主義」について、もう少し踏み込んで考えてみたい。
 出生地主義は「属地主義」とも呼ばれ、対立する概念として「属人主義」がある。これは簡単に言えば、法律の適用を「地」(=領土内)にするか、それとも「人」にするかということ。つまり、自国の領土内であれば外国人にも法を適用し、領土外なら適用しないというのが属地主義で、属人主義は、その国の国民なら領土外においても自国の法を適用するというものである。
 現代国家は属地主義を原則としながらも、属人主義を併用している国が多い。アメリカもまたそうで、アメリカはアメリカ国民が世界どこにいようと連邦税を徴収する。これは属人主義であり、国籍のほうは属地主義というわけである。  
 もともと、世界は属人主義だった。個人は家族や部族や民族に属するもので、土地に属するものではないと考えられたからだ。
 欧州近代において、近代国家が成立し、互いに領土や植民地を巡って争う時代になると、領土を基にした属地主義が行われるようになった。国籍を巡って出生地主義を最初に取ったのがフランスで、ドイツは長い間、血統主義を取ってきた。そのドイツも近年は移民を入れるために出生地主義の要素を取り入れている。
 出生地主義でもっとも寛容、つまり無条件なのがアメリカとカナダである。すなわち親の国籍および滞在資格(合法・非合法・永住・一時滞在)に関わらず、領土内で生まれた子には自動的に国籍を与える方式を採用している。なぜ、アメリカはここまで寛容なのだろうか? それは、1868年7月9日に採択されたアメリカ合衆国憲法「修正第14条第1節」が、そのままいまも生きているからである。そこには、次のように書かれている。

《合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。またいかなる州も、正当な法の手続きによらないで、何人からも生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護を拒んではならない》

 もともと、修正第14条とは、南北戦争後に奴隷だった黒人に「市民権」を与えるための憲法修正条項であり、それまで人間として扱われてこなかった奴隷でも、アメリカで生まれれば一律に市民にするという意図で制定された。
 ここで言う「市民」(=Citizen)とは、厳密な意味では「市民権」を有する国民とは異なるはずだが、一般的にアメリカ国民、つまりアメリカ国籍保有者と受け止められている。したがって、奴隷を解放し、神の下に「すべての人間は平等」としたアメリカの基本理念がある以上、この条項は変えられないのである。

大統領令だけでは憲法を変えることはできない

 しかし、いまや、アメリカでは中南米などからの不法移民が増加の一途をたどっている。その数は軽く1000万人を超えているとされている。まず彼らを追い出す、そしてこれ以上不法移民を増やさない、さらに、移民をほとんど受け入れないようにするのがトランプの考えである。
 そうしなければ、合法移民を含めて、次から次にアメリカ国籍を持つ子どもが生まれ、そして育ち、将来、アメリカは「白人支配国家」ではなくなってしまうからだ。トランプは、それを恐れている。言ってみれば、「将来恐怖症患者」なのである。
 じつはカナダも近年、この大問題に直面していて、すでに西海岸のバンクーバーは中国人の街と化してしまっている。とくに、バンクーバー近郊のリッチモンドは完全なチャイナタウンとなった。そのため、ブリティッシュコロンビア州では、保守党(野党)が、「親の1人がカナダ市民またはカナダ永住者でない限り、子どもにカナダ国籍を与えない」という法律を制定することを提唱している。
 しかし、アメリカでこうした法ができるだろうか? トランプは、それを1本の大統領令で実現させると言ったが、そんなことが可能だろうか?
 トランプが「出生地主義の廃止」を訴えてすぐ、法曹界から疑問の声が上がった。「憲法改正なしにそれはできない。修正第14条の解釈変更は憲法違反に当たる」と、法曹界の重鎮がメディアに答えた。米自由人権協会(ACLU)などの組織も、この立場を取っている。
 となると、トランプが本当に大統領令に署名をしたら、人権団体から訴訟が起こされるのは確実だ。そうして、アメリカ中を揺るがす大問題に発展するだろう。
 はたして、トランプは本気なのか? 中国人ばかりか、世界中が固唾を飲んで、いま、この問題の行く末を見守っている。
(了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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