連載180 山田順の「週刊:未来地図」 「人生100年時代」の憂鬱 (上) 長生きは本当にいいことなのだろうか? 

 最近「人生100年時代」という言葉をよく耳にするのでは? 証券会社が「人生100年に合わせた投資」を勧め、保険会社は「人生100年保険」を勧めてくる。これらはいずれも、政府の目玉政策「人生100年時代構想」にならったものだ。
 要するに、政府は「これからは人生100年を前提にして生きろ」と、国民に言っているのだ。それを耳にするたびに憂鬱になり、気分が落ち込む。果たして、私たちはみな100年も生きたいと思っているのだろうか?

「生涯働く」人生となり「老後」がなくなる

  「これからは人生100年を前提に生活設計をして生きなければなりません」 と、いま日本政府はさかんに言っている。そのため、最近では「人生100年」という言葉をよく聞く。すでに定年は有名無実化し、年金支給年齢も70歳に引き上げられるとされ、「生涯働く」ことが当たり前になろうとしている。
 悪夢ではないだろうか?
 まさか、誰もが100歳まで働けるわけはない。しかし、元気な限り働き続けるのが、これからの生き方で、政府はそういう社会づくりをしていくという。
 となると、「老後」という概念はなくなってしまう。「老後は悠々自適に」などと言ったら、「そんなことができるのはほんの一部の人だけ」と批判されてしまう。
 つくづく、イヤな時代になったものだと思い、気分が落ち込んでくる。
 安倍政権というのは、スローガンが大好きだ。
 ついこの前までは「女性が輝く社会」「1億総活躍社会」と言っていた。そうして、「人づくり革命」などと言い出し、「働き方改革」が登場して、とうとう「人生100年」になってしまった。
 しかし、スローガンといっても政府の政策だから、民間はそれにならっていくしかない。たとえば、野村証券は「人生100年パートナー宣言」を発表し、高齢者に向けて投資信託や積立てNISAを推奨し始めた。また、オリックス生命保険は85歳まで加入可能な医療保険をつくり、太陽生命保険は「100歳時代年金」を売り出した。
 現在、私は65歳である。人生100年とすると、あと35年も生きることになる。35年といえば、これまで私が働き続けてきた年数とほぼ同じだ。それと同じような年数を、この先、体力が続く限り、続けていかなければならないのだろうか?
 それより、この先100歳まで、自分は生きられるのだろうか? いまの風潮を思うと、本当に憂鬱になってくる。

2007年生まれの半数は107歳まで生きる

 最近の経済メディアは、政府の方針を受けて「あなたが覚悟しなければならないのは人生が100年あるということです。それに備えて、金銭面も含めて、早い時期からの準備が必要です」と、読者を脅かしている。
 たしかに、人生は年を追うごとに長くなってきた。
 高齢者の定義は「65歳以上」だが、現在では9割を超える人々が、65歳までほぼ元気でいるという。私も2年前に大病をして手術をしたが、いまはフツーに元気に暮らしている。
 厚生労働省の2017年の高齢者調査によると、現在、100歳以上の高齢者は全国で6万7824人に上り、この20年間で約6.7倍も増えたという。また、国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によると、100歳以上の高齢者は今後も増え続け、2025年には約13万3000人、2035年は約25万6000人、2050年には約53万2000人に達するという。
 すでに、日本人の平均寿命は女性87.14歳、男性80.98歳に達した。医学は日進月歩し、最近はゲノム治療まで行われているので、平均寿命が今後も伸びるのは確実だ。
 そのため、2007年生まれの人の半数は、なんと107歳まで生きられるという予測が出ている。これは、半数の人が100歳まで長生きするということだから、さらに105歳も110歳もあり得るということだ。
 となると、現在、30~40歳代の人は90歳を視野に、さらに20歳代の人は本当に100歳を視野に入れて人生設計をしなければならなくなる。
 経済メディアが言うことは、「脅し」とはいえないのだ。

「教育→仕事→引退」という人生は過去のもの

 政府が「人生100年時代構想」を打ち出したのは、昨年のことである。それからまだ1年あまりしかたっていないのに、すでに官僚や有識者を集めた会議が10回近くも開かれ、中間報告もまとまっている。
 それによると、これからは「リカレント教育」(生涯教育)が大切であるとされ、官民併せて努力していくことが提唱されている。とくに、大学教育を改革し、いくつになっても学べ、それによって退職後も起業したり再就職できるようにしたりしなければならいとしている。要するに、リタイアはなくなり、常になにか学んで働いて生きていくことになるのだ。
 現在、内閣府のHPには、「人生100年時代構想」として、次のようなことが述べられている。

《一億総活躍社会実現、その本丸は人づくり。子供たちの誰もが経済事情にかかわらず夢に向かつて頑張ることができる社会。いくつになっても学び直しができ、新しいことにチャレンジできる社会。人生100年時代を見据えた経済社会の在り方を構想していきます》

 それにしても、「人生100年」などとは、いったい誰が言い出したのだろうか?
 調べてみると、これは、英ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏らが著した「LIFE SHIFT(邦訳:ライフ・シフト)」(東洋経済、2016)というベストセラーが発端とのこと。この本では、これからの人間は寿命が延びるにつれて、人生設計を変えていかなければないということが述べられている。
 つまり、「人生100年時代」になると、これまでのように、「教育→仕事→引退」の順に同世代がいっせいに進行していく「3ステージ」の人生は通用しなくなる。100歳まで生きるとしたら、「3ステージ」が想定していた80歳から、さらに20年もあるわけで、人生を「マルチステージ」にシフトしなければならないというのだ。         
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

この続きは12月10日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。 
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。