連載184 山田順の「週刊:未来地図」2019年の世界はどうなる?(1の中) アメリカの「1極支配」が強まり、中国、ロシアは弱体化。欧州、日本も対米追従に回帰!

鍵を握るのはナンシー・ペロシ下院議長
鍵を握るのはナンシー・ペロシ下院議長

 日本のメディア、一部の専門家が見誤っているのが、11月の中間選挙の結果だ。上院で共和党は多数派を維持したが、下院では民主党に負けた。このことで、「ねじれ」と「分断」が進むとしているが、安全保障分野においては、そんなことは起こり得ない。アメリカは一枚岩である。これは選挙後、トランプが下院議長に復帰する民主党の重鎮ナンシー・ペロシ氏に対し、「関係は実際にはとても良い」とし、彼女の「これまでの取り組み、実績を大いに称賛する」と述べたことで明らかだ。それまでトランプはペロシを嫌っていたのに、下院で民主党が勝つと、すぐにすり寄ったのである。
 ナンシー・ペロシといえば、すでに77歳と高齢だが、トランプの移民敵視政策にはことごとく反対し、今年の1月には、必要書類を持たない移民の若者の国外退去を防ぐ趣旨の演説を8時間以上にわたって行い賞賛を浴びた。筋金入りの「人権擁護論者」である。したがってオバマ政権時代、彼女は中国のチベット弾圧に対して強硬に非難してきた。それ以前、ブッシュ大統領時代には、2008年の北京オリンピックを「ボイコットせよ」とまで主張した。つまり彼女は筋金入りの「中国嫌い」=「ドランゴンスレイヤー」(Dragon Slayer:対中強硬派)である。この点でトランプとは一致し、トランプ政権内のロバート・ライトハイザー通商代表部(USTR)代表やピーター・ナヴァロ国家通商会議議長とは意見が合う。とすれば、トランプの対中国政策において下院民主党は反対しない。

ペンス副大統領による「新冷戦宣言」の衝撃

 今年のアメリカ外交のエポックメーキングな出来事として、世界中が注目したのが、マイク・ペンス副大統領が10月4日に保守系シンクタンクのハドソン研究所で行った演説だ。これは「新冷戦宣言」(Declaration of the New Cold War)といってよく、まさに中国を名指しで “敵国”(hostile)としたものだった。ペンス副大統領の中国非難は、主に次の5点である。
①中国は「中国製造2025」を実現するため、これまで中国の経済発展を支援してきたアメリカ企業の知的財産権を侵害し迫害している。これは経済力の乱用である。
②「一帯一路」構想の下、影響力の拡大を狙ってアジア、アフリカ、欧州、南米の国々に巨額融資を行い、相手国を債務不履行に陥らせる「debt diplomacy」(借金漬け外交)を行っている。
③近隣諸国を脅かし、南シナ海を軍事拠点化している。
④チベット族やウイグル族を弾圧し、また宗教信者を迫害している。
⑤今年の中間選挙や2020年の大統領選挙に介入し、トランプ大統領の交代を画策している。
 このペンス演説が強烈だったのは、これまで中国が行ってきたアピールを「単なるリップサービスに過ぎない」と断言したことだ。北京は、これまで繰り返し、改革・解放を行い “公平な市場” の実現を目指していることを国際社会に向けて発信してきた。そうして投資を呼び込み、経済発展につなげてきた。また、米中貿易戦争が始まってからは、あたかも中国が自由貿易の擁護者で、アメリカが保護主義のように発言してきた。しかし、これらはすべて “詭弁” であり、ペンス氏はこれを許さないとしたのだ。

ターゲットは 「中国製造2025」潰し

 「中国製造2025」は、これまでの中国を支えてきた「オールドエコノミー」(製造業中心の経済)から知的財産権に基づくネットをベースとした「デジタルエコノミー」への大転換を目指すものである。中国が経済発展したのは、改革・解放に転じて、アメリカが支配する世界貿易・経済・金融体制に参加が許され、それによって貿易黒字を重ねたからである。中国は日本に代わって「世界の工場」(the world’s factory)となった。
 しかし時代は変わり、中国がさらに経済発展を続けるためには、ロボット、AI、IoT、バイオテクノロジーなどを導入し、産業のハイテク化を目指さなければならなくなった。そこで登場したのが「中国製造2025」だが、そのやり方は政府の過剰な補助金による産業育成、さらに知的財産権の侵害、技術の不法窃取などによるもので、アメリカの安全保障に抵触する。したがって対中制裁関税の中身を見ればわかるように、その賦課対象は、航空宇宙、情報通信、ロボット工学、新素材など先端技術製品が中心の1102品目となっている。
 また、アメリカは、中国の大手通信企業、ZTE(Zhong Xing Telecommuni cation:中興通訊)やファーウエィ(HUAWEI:華為技術)に対して規制を行ってきたが、8月には「国防権限法」(NDAA:The National Defense Authori
zation Act)により、あらためて政府や政府関係機関での両社の機器の使用を禁じた。さらに、最近ではカナダなどの同盟国に対しても使用禁止を要請している。もちろん、これには日本も含まれる。
 このように、貿易戦争は表面的なものであり、アメリカはあらゆる手段を通じて中国の覇権挑戦を阻止しようとしており、これは、合意形成された国家意思である。古代ローマ帝国が、地中海の覇権を狙った勢力を徹底して阻止したのと同じだ。ポエニ戦争を例にとれば、この戦争はカルタゴが滅亡するまで終わらなかった。

2国間主義による中ロの弱体化と日本への影響

 ここまで、米中新冷戦ばかり見てきたが、アメリカの1極支配再構築の強い意思は世界のほかの地域にも及んでいる。トランプはロシアに甘かったが、10月の「中距離核戦力(INF)全廃条約」から離脱の発表で、対ロシアに対しても強硬策に転じた。ロシアとウクライナはこの11月25日、黒海近郊のアゾフ海で海軍の衝突事件を起こした。これに対する対応でもアメリカは完全に「反ロシア」である。
 したがって今後、追い詰められた中国とロシアが手を組んで、アメリカと対抗していく図式が考えられる。しかし、アメリカには最終手段としてのドル覇権がある。ルーブルは論外だが、人民元のこれ以上の国際通貨化を阻止し、最終的にはドルペッグ制を破棄させるだろう。もはや人民元投資など論外だ。
 アメリカの1極支配再構築は、当然だが全世界に及んでいる。トランプは “頭がいい”(もちろん皮肉だ。本人は自分を “安定した天才”=stable geniusとしている)せいか、多国間協定を好まない。これは、「NAFTA」(北米自由貿易協定)を解消して、カナダ、メキシコと1対1で交渉し、「USMCA」(米国・メキシコ・カナダ協定)を結んだことで明らかだ。
 日本に対しても、「TPP」(環太平洋パートナーシップ協定)を離脱し、「FTA」(自由貿易協定)を結ぼうとしている。これを日本側は、国民に状況を誤魔化すため「TAG」(Trade Agreement on Goods:物品貿易協定)としているが、そんな言葉はアメリカ側の交渉記録にはない。それはともかく、この交渉で日本は、来年、アメリカの農産物に対する関税引き下げと自動車輸入枠の増加を飲まされることは間違いない。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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