連載199 山田順の「週刊:未来地図」大麻合法化に乗り遅れる日本(2の上) なぜ日本では大麻が禁止されてきたのか?

 大麻合法化に乗り遅れる日本(1)で書いたように今年、アメリカでは全州的に大麻が合法化される可能性が大きい。すでに、ニューヨーク州をはじめ多くの州で合法化が宣言され、大麻ビジネスが活況を呈している。アメリカばかりではない。嗜好用大麻は別としても、医療用大麻に関しては現在、多くの国々で合法化されている。それにも関わらず、この動きの「蚊帳の外」にいるのが日本だ。いったいなぜ日本では大麻が禁止され、厳しく取り締まられてきたのだろうか?

ポール・マッカートニー逮捕の衝撃

 大麻(マリファナ)というと、私が忘れられないのがビートルズのポール・マッカートニーの逮捕・強制退去事件だ。1980年1月16日、日本公演のために成田空港に到着したポールはその場で、大麻取締法違反で逮捕された。そうして、関東甲信越麻薬取締官事務所(東京・中目黒)に移送されることになった。
このとき、私は20代後半。週刊誌・女性自身の芸能担当の編集者だったので、デスクからすぐに「取材に行け」と言われ、カメラマンとすっ飛んで中目黒に向かった。向かう車のなかで、「もしかしたら生ポールが見られる」と、仕事をそっちのけでワクワクしたのを覚えている。
 しかし着いてみると麻薬取締官事務所の前は、すでに大勢の記者やカメラマンでごった返し、さらに200人ほどのファンが門を取り囲んでいた。これではポールが到着してもわからないと思ったが案の定、到着はあっという間で取材にならなかった。ただ、その後もファンの数は増えるばかりで、彼らは夜遅くまで「イエスタデイ」を合唱していた。
このポール・マッカートニー逮捕劇は、その後、連日の大報道となり、ファンの抗議はもとより、一説には英国政府からの抗議もあったという。なにしろ、この後、ポールは新橋の警視庁留置施設に9日間も拘留されたからだ。
 ポールは大麻が日本では重罪という認識がまったくなかったらしく、税関で荷物のなかから大麻が発見されても、「なんで騒ぐんだ」という感じだったという。後にポールは拘留中のことを英国メディアに語っているが、それによると、「テンコ」(点呼)と「ミソシル」(みそ汁)という日本語を覚え、拘留されていた人間たちの求めに応じてビートルズナンバーをアカペラで歌ったという。ただ、9日間も拘留されたことには不満だったのは間違いなく、こう語っている。

 「マリファナを持ち込んだのはボクの失敗。しかし、日本の法律は見直す必要があるかもしれない。マリファナはそんなに危険だとは思わないし、ほかにもっと危険な薬物があるからだ」

 日本の法律では、このように強制退去された麻薬事犯は2度と入国が許されない。しかし、それから10年後の1990年3月、ポールはソロ公演のために来日した。それで言われたのが、「超法規的処置があった」ということだった。真偽はわからないが、当時の検事は「入国の事実そのものがない」ことにしてしまったというのだ。

末期がん患者の悲痛な訴えを無視

 このポール・マッカートニー逮捕事件から、もう38年以上もたつというのに、日本の大麻に関する厳罰主義はまったく変わっていない。
2016年7月、自家栽培の大麻を所持していたことで逮捕された山本正光さんという末期がん患者が亡くなった。山本さんは現代医療に見放され、最後に大麻にすがって病状改善が見られていたが、逮捕・拘留されて大麻を取り上げられた。そこで、「大麻取締法は、生存権などを保障した憲法13条に反する」という論点で訴訟を起こしたが、論告求刑と最終弁論を控えたままで亡くなってしまったのである。
すでにこの時点で大麻の医療効果は世界的に認められ、多くの国の医療現場で使われているというのに、日本では無視されたのである。また、マスメディアも、この件をほとんど取り上げなかった。  
 このように、日本では医療用大麻ですら禁止されているので、アメリカのように大麻の効能に関する調査研究もできていない。

世界では30カ国が医療用大麻を合法化

 前回の記事で述べたように、大麻草に含まれる成分の総称を「カンナビノイド(Cannabinoid)」といい、このうちの「カンナビジオール(CBD)」と「テトラヒドロカンナビノール(THC)」の二つが、大麻の代表的な効能成分である。
 ただ、THCのほうは覚醒作用があるとして「麻薬および向精神薬取締法」の規制により、たとえ医療目的であっても日本では使用・輸入・所持が禁止されている。CBDのほうは大麻草の茎や樹脂から抽出されるが、こちらは規制対象外なので禁止されていない。
しかし、「ヘンプ(Hemp)」製品、たとえばヘンプ入りオイル、ヘンプ入り石けんなどの成分が厳密にCBDだけとはいえない場合があるので、事実上、禁止されているのと同じになる。ヘンプ製品は数多く輸入・販売されてはいるが、黙認という状況だ。
 ちなみに医療用大麻が合法化されている国は現在30カ国あり、主な合法国を列記すると次のようになる。
 アメリカ(30州で合法化)、カナダ、英国、ドイツ、イタリア、オランダ、ルクセンブルク、スイス、ポルトガル、ポーランド、マルタ、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、ギリシャ、アイルランド、クロアチア、チェコ、イスラエル、オーストラリア、アルゼンチン、チリ、ペルー、南アフリカ。
 なお、昨年の12月25日、タイの国会は麻薬法改正案を賛成多数で可決、医療用大麻を合法化した。    
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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