最近、本当に多いのが「人種差別」「文化盗用」などをめぐるネット騒動だ。ともかく、なにかあるとSNSによって騒動は拡大し、大きなニュースになる。そんななかで、最近とくに考えさえられたのが、アリアナ・グランデの「七輪」騒動だ。このことで、アリアナは大好きだった日本語を勉強しないと宣言した。いったい、なんでこんなことになったのだろうか? 日米「ネット民」の違いを含めて、異文化理解の難しさをつくづく感じる。
「七輪」騒動はどうして起こったのか?
親日家として知られるビーガンの歌姫アリアナ・グランデ(25)。彼女はこれまで、「千と千尋の神隠し」の主人公の千尋や、ポケモンなどをモチーフにしたタトゥーを身体に入れて、「日本大好き」を世間に公開してきた。2016年の熊本地震のときはたまたま来日していて、ツイッターで被災者へのメッセージを日本語で発信している。そんな彼女が、今回、新曲「セブン・リングス(Seven Rings)」を発売するにあたって、「七輪」と手の甲に刻んだタトゥーをインスタに公開したことで、大きな騒動を巻き起こしてしまった。
→アリアナがインスタに公開した「七輪」のタトゥー
https://foimg.com/00065/8i3Dtp
→その後、修正して公開したタトゥー
https://foimg.com/00065/O0rff6
アリアナが公開したタトゥー写真は、手の平に「七輪」と刻まれたもの。これが公開されるや、「意味が違う」などといったコメントが多く寄せられた。とくに、日本語のネイティブスピーカー(アメリカ在住の日系人など)からは、「それは七つのリングの意味ではなく、バーベキューのグリルの意味」「それはコンロの七輪です」「日本ではそういう言い方はしません」などの声が相次いたのだ。
たしかにそのとおりだが、アリアナが直訳で「Seven Rings」を「七輪」としたのは明らかだから、指摘はするにせよ、とりたてて批判するようなことではなかったと思う。しかし、アリアナは傷つき、すぐにタトゥーアーティストに修正を依頼。修正後のタトゥーの写真をSNSに投稿し、こうコメントした。
《少しましになった。私の(日本語の)先生、そして(タトゥーアーティストの)ケイン・ナバサードに感謝。そして(局所麻酔薬の)リドカインを打ってくれた私のお医者さんにも》
間違いを許さない「偏狭」なネット民
ところが、この修正版も騒動を拡大させた。「七」の下に「指」が追加され、上から下に「七」「指」「輪」と読むようになっていたからだ。ネット民は容赦ない。
「なんて書いてあるのかと思った人へ。バーベキューフィンガーだ。『セブン・リングス』にするには上から下に、そして左から右に読むしかない」などと投稿された。それで、アリアナはよりわかりやすくするために「七輪」の下に「指?」と入れた。しかし、これもまた「おかしい」「日本の文化を理解していない」と、ネット民は許さなかったのである。タトゥーの修正前、アリアナは間違いを認めつつ、ツイッターにこう投稿していた。
《(七と輪の文字の間に『つの指』が入るはずだったけど)文字を抜かしてしまったようね。でも本当に痛みが凄くてまだ張っている感じ。もう1つシンボルを入れるのは無理だと思う。けどこの場所(手の平)は焼けてめくれるから、ずっと残るわけじゃないの。だから、もしまたとなると、最初からあの痛みを味わうことになるわ》
つまり、アリアナとしては、最初に間違いを指摘されたとき、正式訳の「七つの指輪」と入れるべきだと気づいていた。日本語の先生からそうアドバイスされたからだろう。しかし、タトゥーを入れるときの痛みを考えて断念したと思える。その一方で、「七輪」とだけ刻んだタトゥーを惜しんでいたのだ。だから、次のようにツイートしている。
《安らかに、(私の)小さな七輪。いなくなって寂しい。実際本当に気に入っていたから》《あと私、小さな七輪の大ファンだから》
ここまでの経緯を見ながら、日本人なら、なんと微笑ましいことかと思うだろう。日本と日本語への理解が進んで、「七輪」などといういまや消えようとしている言葉がアメリカ人にわかってもたえたのだから、よかったと思うだろう。実際、私もなんでこんなことをアメリカの日本文化理解者は問題にするのだろうかと思った。多文化主義(マルチカルチュラリズム)のこの時代、間違いがあったっていいじゃないか。それを許さないほうがどんなに「偏狭」かと、アリアナを批判する人々の心の狭さに驚いた。
この後、アリアナは「もう日本語を勉強するのをやめるわ」とツイートして、騒動はいちおう収まった。
サイテーの反応をした東京五輪組織委員会
ところがである。アリアナの「七輪」騒動中に、サイテーサイアクの反応を示したのが、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の公式ツイッターアカウントだった。なんと、彼らはアリアナ本人にあてて、「『七輪』じゃなくて…」という言葉とともに、手の平に「五輪」と書いた写真を投稿したのだ。
まさに、便乗して、五輪を宣伝しようという魂胆がミエミエである。「七輪」にひっかけて「五輪」。これでは単なるギャグだから日本人ネット民は怒った。私はネット民ではないが、やはり怒った。よくも恥ずかしげもなく、こんなことができるなと思った。
しかし、アメリカのネット民の反応は違った。「なかなかシャレている」「面白い」「そうか、国民とつながるためにはこういう告知の仕方もありか」などという声が多かったからだ。
歌詞は「自己肯定感」150%で庶民には理解不能
そこで、私はいったいアリアナは「セブン・リングス」でなにを歌いたかったのかと思って、この曲を聴き、公開されたミュージックビデオを見た。見て驚いたのは、「七つの指輪」との日本語表記も登場したうえ、いきなり、品川ナンバーの車が登場したことだ。それ以外にも、日本が随所に散りばめられていた。しかし、歌自体は日本とはなんの関係もなかった。昨年の夏、アリアナは「サタデーナイトライブ」のコメディアン、ピート・デイビッドソンと電撃婚約し、3カ月後に婚約を解消した。その後、ティファニーで婚約指輪を7つ買い、友情の証として6人の親友に配ったという。
これにインスピレーションを感じてつくったのが、この曲だというが、歌詞はぶっ飛んでいて、私のような年配の日本人にはとてもじゃないが理解できない。
なんといってもこの曲は「自己肯定感」150%の内容で、たとえば「I want it, I got it, I want it, I got it」(欲しいもの、それを買うだけよ)と繰り返し歌われる。要するに、「これだけ稼いでいるんだから、私がなにを買ったっていいじゃない」と言うのだ。驚くのは、「Black card is my business card」(ブラックカードは私の名刺よ)なんて歌詞があることだ(ちなみに、この曲が収録されたアルバム「thank u, next」は2月8日にリリースされ、「ビルボード」で1位を独走している)。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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