歯止めがなくなってしまった通貨の増発
結局、フリードマンは経済の理想を追求するあまり、人間の現実行動を見誤ってしまったのだ。自由市場は理想だが、本当に自由だと、自制心が効かなくなり、投機が起こる。国家の場合は、金という歯止めがなくなったおかげで、通貨を増発して税収の不足を穴埋めするようになった。こうして、政治家は人気取りのためのバラマキを行い、財政赤字は拡大した。
日本はこの点では「最先端」を行く国家である。日本の国債発行額は、1973年の変動相場制以後、拡大につぐ拡大を続けてきた。1975年には、オイルショックによる税収不足を穴埋めするため、財政法で禁止されている赤字国債が初めて発行され、以後、歯止めがなくなった。
そして、近年のアベノミクス以降は、量的緩和による事実上の「財政ファイナンス」(国債を中央銀行が直接買い取る)が行われてきている。これは、通貨の大増発だから、その結果、「マネタリーベース」(通貨供給量)は拡大し、現在、なんと500兆円に達してしまった。2010年までは100兆円ほどだったから、5倍も増えたことになる。
アメリカも同じだ。アメリカでは、変動相場制移行後、ドルが際限なく増発されてきた。それでも財政赤字は埋まらず、いまも連邦政府は赤字まみれである。そのため、政府機関の一時停止を繰り返している。しかも、リーマンショック以降は、量的緩和に踏み切ったため、ドルのマネタリーベースは、日本と同様に際限なく拡大した。リーマンショックが起きる前まで、アメリカのマネタリーベースは約8500億ドルだった。それが2008年からの9年間で約4兆ドルに拡大してしまったのである。現在、緩和は縮小中とはいえ、大量に発行されたドルが株価などに向かって、相場を上昇させたうえで不安定にさせている。
日米マネタリーベースの差から円安に
日銀の最新の発表によると、日本のマネタリーベースは2019年1月で499.8兆円、前年同月比+4.72%である。これに対して、FRBの最新の発表によると、アメリカのマネタリーベースは3兆3235億ドルで前年同月比マイナス13.11%となっている。日本はまだ増え続けているが、アメリカは減っている。
このマネタリーベースの差が為替相場に影響を与えることは、広く知られている。なにより、ジョージ・ソロスはこの点に着目し「ソロス・チャート」を考案した。通貨供給量が増えると、その通貨は安くなり、逆に供給量が減少すると、その通貨は高くなることを「ソロス・チャート」は示している。じつは、2013年からの日銀の量的緩和以降、ドル円相場はほぼソロス・チャートどおりに動いてきた。したがって、このまま行けば、短期的な円高はあろうと、長期的には円安が続いていくことになる。
全世界のGDP総額を超えた緩和マネー
しかし、最後に問題にしたいのは、変動相場制になって以後、世界中でマネーが増えすぎたということだ。豊かになる、儲けるということは、お金をたくさん集めることだが、いくら集めても政府がお金を増発し続ければインフレが進み、お金はただの紙切れになる。
現在、世界に出回る現金に預金を足した「マネーストック」(マネーサプライ=通貨供給の総量)は、実体経済の規模以上に膨らんでいる。その額は、2016年時点で87.9兆ドルであり、全世界のGDP総額よりも16%多い。21世紀になるまで、マネーの増加は実体経済の成長とほぼ軌を一にしてきた。それがリーマンショック以降、世界中で金融緩和が行われたため、GDPを大きく上回るようになってしまった。
これは、これまで世界経済が経験したことのない未知の領域である。日米欧をはじめとする世界の中央銀行がバラまいた緩和マネーは、債券バブルを生んで資産価格の底割れを防ぎ、株式市場に入って株価を押し上げた。その結果、世界の株式時価総額は2008年末比で2倍以上になった。株価は上がり続けるのだから、誰もが勝てる。こうして株式市場は「適温相場」と言われ、いまや「パッシブ運用」が全盛になった。そのため、昨年は多くのヘッジファンドの運用がマイナスとなり、解散したヘッジファンドもある。
しかし、こんな状態がいつまで続くのだろうか? 為替は常に大きく変動し、緩和マネーがいまだに市場にあふれている。これは、暴落を引き起こすマグマが溜まり続けていることを意味しないだろうか。
(了)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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