日本の薬剤師・薬学博士で、現在はコロンビア大学博士研究員の樋口聖先生による「米国市販薬(OTC)講座」。胃腸薬や鎮痛剤など、毎回テーマを絞り、OTCの種類や、安全な選び方を教わる。先生自身、在米3年が経っても米国のOTCには驚かされることもしばしばだという。「一緒にファーマシーを紙面探訪して、賢い消費者になりましょう!」
第19回 禁止薬物と要注意のOTC〜後編 気をつけよう、「うっかりドーピング」
先月は、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が定めた禁止物質と禁止物質が含まれた米国のOTCと薬物について解説しました。今月は、禁止物質を含む日本のOTCと漢方薬について紹介します。常備薬としてこれらの薬を米国に持ち込むのはかまいませんが、「うっかりドーピング」に引っかからないようにしましょう。引き続き、日本ライフセービング協会所属の薬剤師、錦織功延(にしきおり・こうすけ)さんに監修をお願いしました。
禁止物質を含む日本のOTC
先月紹介した禁止物質プソイドエフェドリンを含むOTCは、日本でも米国同様、風邪薬をはじめ鼻づまりの緩和薬、すなわちアレルギー性鼻炎の薬が代表的なものとして挙げられます。咳や痰を取り、喉の違和感を取る「浅田飴」の一部の商品には禁止物質の麻黄(マオウ)エキスやエフェドリン類が含まれています。また、ひげや体毛を濃くする育毛増進剤には男性ホルモンに近い禁止物質、蛋白同化ステロイドが含まれているため注意が必要です。
禁止物質を含む漢方薬
漢方薬は、自然界から取れた動植物や鉱物の一部を加工して作られた生薬を組み合わせてできたものですが、この漢方薬を構成する生薬の中にも禁止物質を含むものがあります。こちらも代表的なものはエフェドリンを含む麻黄や半夏(ハンゲ)で、風邪薬の「葛根湯」や「小青竜湯」、肥満解消薬の「防風通聖散」などに含まれます。他に挙げられる禁止物質入りの生薬は、蛋白同化ステロイドを含み強壮薬に用いられる鹿茸(ロクジョウ)、海狗人(カイクジン)や麝香(ジャコウ)など。気管支を広げ、呼吸をしやすくし息苦しさをやわらげるベータ2刺激作用をするヒゲナミンが含まれる呉茱萸(ゴシュユ)、附子(ブシ)、細辛(サイシン)、丁子(チョウジ)、南天(ナンテン)も禁止物質です。おなじみの「南天のど飴」の服用は注意しなければなりません。
生薬は天然由来であることから、全ての薬効成分が解明しているわけではありません。また、産地や栽培方法、収穫時期などで含有成分が変わるといわれています。判明している含有成分に禁止物質が含まれていなくても、安全の確証が得られない以上、試合前には「うっかりドーピング」にならないために服用を控えましょう。
ケースその1
ブラインドサッカーの喉対策
ブラインドサッカーは、5人制サッカーのルールを基にゴールキーパー以外は全盲の選手がプレーする競技です。視覚が閉ざされた状態でのプレーは常に「音」と「声」のコミュニケーションが必要となるため、選手からのど飴についての質問がありました。この場合、禁止物質を含まないのど飴の選定が必須となります。
ケースその2
冬季競技アスリートの咳対策
寒冷地で行われるスキー、スノーボード、スケートなどの競技では、気温差などで気道が狭くなることが多く、咳き込みやすくなります。「麦門冬湯」を持参している選手を多くみかけますが、麦門冬湯は禁止物質の半夏を含みます。選手にぜん息症状がみられる場合は通院を勧め、普段から体調を整えるようアドバイスします。
ケースその3
滋養強壮ドリンク剤は要注意
滋養強壮剤には先に挙げた鹿茸(ロクジョウ)エキスを含むものが多くあります。服用の際は必ず成分を確認し、アンチ・ドーピングの知識を持ったスポーツファーマシストに相談しましょう。
樋口聖 Sei Higuchi, Ph.D.
博士(薬学)、薬剤師(日本の免許)。城西大学大学院・薬学研究科修士課程修了、福岡大学大学院・薬学研究科博士課程修了後、京都大学医学部博士研究員。2015年からコロンビア大学博士研究員として、糖尿病の研究に従事。
錦織功延 Kousuke Nishikiori
薬剤師、スポーツファーマシスト、NRサプリメントアドバイザー。2012年から15年まで国立スポーツ科学センターで、オリンピックおよびパラリンピック選手をサポート。現在は、ライフセービング、アメリカンフットボール日本代表のドーピング対策に携わる。