連載207 山田順の「週刊:未来地図」 働き方改革で4月から「年休」が義務化 (上) 日本人の「働きすぎ」は解消されるのか?

 安倍内閣が提唱する「1億総活躍社会」を実現するための改革=「働き方改革」が、今後、次々に実施されようとしている。とりあえず、この4月1日からは「年次有給休暇の義務化」が始まり、有給休暇が取りやすくなる。日本人は働きすぎといわれているので、少しでも多く休みを取らせることで「長時間労働」を是正しようというのだ。しかし、法律で強制的に休みを取らせることで、働き方は本当に変わるだろうか?

最低で年間5日の「年休消化」が義務化

 まずは、今回の法改正(労働基準法の改正)によって、「年次有給休暇」(=年休)の取り扱いがどう変わるのかを見てみたい。
 法改正の最大のポイントは、年休を取らせることが使用者(会社)の義務となったこと。しかも、会社がこの規定に違反した場合は罰則が課せられることになったことだ。対象は、年間10日以上の有休があるすべての労働者。会社は、こうした労働者に最低5日の有休を消化させなければならなくなった。しかも、対象となるのは「正社員」だけではない。正社員と同じように働くフルタイムの「契約社員」や長年勤務の「パート・アルバイト」も対象とされることになった。
 この法改正を、当然ながら多くの働く人間が歓迎している。「これを機に気兼ねなく休めるようになる」「周囲の目を気にすることなく有給を消化することができる」という声がメディアに紹介されている。しかし、その一方で危惧する声も上がっている。「いくらルールが変わっても、うちの会社は自由に年休が取れる雰囲気ではない」「どうせ希望通りの休みなんか取れっこない」。こうした声はとくに中小企業、職種では製造業やサービス業で強い。

法改正はうれしいが本当に休めるかは疑問

 この2月に、エクスペディア・ジャパンが発表した「有給休暇取得義務化に関する意識調査」によると、年休義務化については74%の人が「うれしい」と回答している。しかし、今年のGW(ゴールデンウィーク)に関して、暦通りに休めるかという質問に対して、「はい」と答えた人は35%にすぎなかった。ご承知のように、今年のGWは、天皇陛下の退位ならびに皇太子殿下の即位があり、暦通りなら10連休である。そんな歴史的な出来事のときも、多くの人間が働かなければならいと考えているのだ。
 今年の1月、日本商工会議所は全国の中小企業2881社を対象に「年休義務化」をはじめとする法改正の準備状況などを調査した。その結果、法改正の内容や施行時期を「知らない」と回答したのは、従業員100人以下の企業で、なんと約3割を占めていることが判明した。中小では、法改正を歓迎していないところがあり、それもあってか、従業員に告知を徹底していないようなのだ。
 そのため、労働法関係の弁護士は、一部のブラック企業が、「抜け道違反」する可能性を指摘する。たとえば、正月休み、夏休みなど、すでにある休暇を年次有給休暇にすり替える。これまでは年次有給休暇とは別に、年末年始休暇、夏季休暇を与えていたのに、そのうちの何日かを年休扱いにしてしまうことで、義務となる5日を消化させるという手口だ。
 こんなことをされたら、従業員はたまったものではないが、いまの日本ではおそらく「泣き寝入り」するしかないかもしれない。

なぜ休むことに“罪悪感”を持つのか?

ともかく、日本人は働きすぎだという。年休の未消化率の高さと残業時間の多さが、このことを端的に表している。かつて私もサラリーマンだったから言えるが、会社勤めの約30年間で、会社にいた時間のほうが家庭にいた時間より長かった(睡眠時間を除く)。時間外など青天井だったし、年休も取れたが、それを希望通りに取ったことはない。
 ただ、それを苦痛だと思ったことはない。メディアという特殊な職場だったこともあるが、当時は周囲もみんなそうだったから、それが当たり前だと思っていた。 
 厚生労働省が2018年に行った有給休暇の取得率調査によると、1年間に民間企業の労働者に与えられた有休は1人あたり平均18.2日だったが、実際に取得した日数は、その約半分の9.3日に留まっている。休んでいいのに休まないのだ。なぜ、日本人は休まないのだろうか?
 数多くのアンケート調査は、その原因を「休むことに“罪悪感”を持つ」からだとしている。日本人は周囲に合わせて行動する。自分の意思よりも、周囲の目を気にする。よく聞くのが、「自分の仕事が終わっても、上司や同僚が会社にいれば帰れない」ということで、これが残業が多い原因とされるが、年休の未消化も同じだ。「周囲が働いているときに、自分だけ休めない」と考えるのだ。したがって、休むのは年末年始、GW、夏のお盆時に限定される。このときは、誰もがいっせいに休むから、休んでも罪悪感はない。ただし、日本中が帰省ラッシュ、行楽地の大混雑に襲われ、休んだ気がしない。中国の「春節」の“民族大移動”と同じだ。

日本とアメリカでは仕事の中身が違う

 サラリーマン時代を振り返ると、私にはそもそも年休を100%消化するというアタマがなかった。周囲も同じだった。そのため、年休は貯金のように溜まり、早期退職するときは55日間も溜まっていた。そのため、私は、退職日より約2カ月前から会社に行かなくなった。未消化分を充てたからだ。
 このようなことは欧米では起こらないという。欧米社会は個人が優先、尊重される社会だから、いくら休もうと、その人間が与えられた仕事をきちんとこなしていれば、誰も白い目で見ない。
 30代半ばで欧米企業を知るようになったとき、日本企業との大きな違いに気がついた。それは、欧米企業(とくに米国企業)では、個々の仕事に明確な「ジョブディスクリプション」(職務記述書)があり、その仕事に対して社員が配置されていること。これに対して日本企業では、ジョブディスクリプション自体がなく、ともかく社員がいて、そこに仕事が降りてくるかたちになっていることだ。したがって、日本企業では社員の仕事は無限になり、いつまでたっても終わらない。その部がやっている仕事が終わらなければ、いつまでも働くことになる。
 もちろん、米国企業の社員でも残業をやり、休暇も取らず、家庭を顧みずに働いている者もいる。だた、彼らは契約に基づいて働いているので、その仕事に打ち込んで成果を上げようと必死なだけだ。成果主義であるから、やらなければ、報酬は得られない。ただし、彼らは自分の担当の仕事以外はやらない。だから、自分の仕事が終われば誰にも気兼ねなく休暇を取れる。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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