連載208 山田順の「週刊:未来地図」働き方改革で4月から「年休」が義務化  (中)  日本人の「働きすぎ」は解消されるのか?

「私事で」「私用で」を言わないアメリカ

 日本では、会社を休むとき、「誠に恐縮ですが、このたび『私事で』休みを取らせていただきます」と、上司に申し出る。まるで、「私事で」が悪いことであるような言い方だ。「私事で」と同じような言い方で「私用で」もあるが、使い方は同じだ。  
 結婚何周年かの記念旅行から、病気で入院しなければならなくなったことまで「私事で」「私用で」である。そのため、「歯医者に行くので午前中休みます」「今夜は妻の誕生日なので早退します」まで、なにか後ろめたいことをしている気になってしまう。
 ところが、アメリカ人は「私事で」「私用で」とは言わない。「歯医者に行く」ときも「誕生日早退」のときも、それだけを堂々と言い、「私事で」「私用で」などとは付けない。英語にすれば「personal reasons」となるのだろうが、それは休みを取るための「枕詞」ではない。それで思うのが、日本人とは仕事とプライベートの関係が違うのではないかということ。欧米では、まず個人があり、次にパートナーや家族がいて、ここまでがプライベートであるが、日本ではこれが逆だ。まず、会社があって、次に個人があり、それに付随してパートナーや家族がいる。家族、家庭より会社のほうが大事なのだから、堂々と休暇など取れないのだ。

ドイツ人はなぜ長期休暇を取れるのか?

 日本社会は、「個人の幸せ」を犠牲にして成り立っているのではないかとつくづく感じることがある。欧州社会を見ると、とくにその思いが強くなる。たとえば、ドイツは残業がないうえ、夏には1カ月ものバカンス休暇を取れる。これは、日本人から見たら本当に羨ましいが、これも個人の幸せが優先する社会だからだ。
 ただ、残業がないは嘘で、ドイツ企業でも残業する人はしている。成果を出すためには、彼らだって残業は厭わない。ただし、ドイツには「今日2時間残業したから明日2時間早く帰る」といった「労働時間貯蓄制度」がある点が日本と違う。ドイツ人も残業をしないわけではないのだ。
 バカンス休暇に関しては、これはフランスなども同じだ。そのため、夏場はまったく仕事にならない。公官庁も会社も、そして街もガラガラになる。そんなとき、ビジネスで取引先の会社に行くと、担当者がいないので、案件は進まない。「担当者が帰ってくるのは1カ月後で、その後でないと返事できない」と言われると、日本人としては「そんなで大丈夫なのか」と思う。もし、これが日本だったら、「ふざけるな」とクレームされ、そんな会社は潰れてしまうだろう。
 しかし、ドイツではみな怒らない。当たり前だと思っている。要するに、みな“お互いさま”で、自分が休めるのだからほかの人間が休んでも仕方ないとしている。たしかに不便だが、そんなことより、お互いの個人として権利(=バカンス休暇を取る)を行使できることのほうが大事と考えている。
 ドイツ人というと、「堅物」というイメージがあるが、私の知り合いのドイツ人はまったく違う。「働くために生まれてきたんじゃない」と、毎日、ビールをがんがん飲んでいる。

会議が多い日本人は、本当は働いていない

スペイン人も同じだ。なにしろ、朝出社するとすぐにカフェに行って朝食を取った後に仕事、午後はランチ後に昼寝タイム(シエスタ)があり、その後仕事して夜8時ごろ退社して一杯飲んで夕食といった具合に、人生を楽しんでいる。
 近年は、シエスタの習慣を廃止しようという動きがあるが、これは文化だけに変えられないようだ。日本人から見ると、「よくこんなんで会社が回る、経済が回る」と思うが、回っているから不思議だ。しかも調べて見ると、1人あたりの生産性は日本より高い。経済成長率も日本より上だ。
 結局、日本人は働きすぎといわれるが、じつは本当には働いていないのではないだろうか? 日本の会社と欧米の会社との大きな違いの1つに、会議が多すぎて長すぎるということがある。これは、私も経験済みだが、管理職というのはともかく会議をやりたがる。そういう会議は、たいてい「業務報告」であり「情報共有」であるから、なにかを生み出すわけでない。しかも、資料が事前に用意されていないと、ウダウダと何時間も続く。こうした会議が最悪なのは、その案件に直接関わる“当事者”だけではなく、“関係者”が全員出席することだ。各部署から“関係者”が集まると、それは大人数になり、その分、仕事時間が奪われる。現場がおろそかになる。これでは、生産性が上がるわけがない。
 日本企業のなかで行われているのは、仕事ではなく“調整”である。とくに人間関係が重視され、“和”が求められる。結局、“和”を乱すから、長期休暇は取れないのである。 
(つづく)  


【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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