連載218 山田順の「週刊:未来地図」 米中覇権戦争の行方:(上) ファーウェイで2つに分断された世界

 米中の覇権戦争が始まって1年が経過した。当初は、関税のかけ合いだったが、昨年11月にペンス副大統領が事実上の宣戦布告スピーチをしてからは、戦線はどんどん拡大している。そしていま、その最前線となったのがファーウェイ(華為技術)だ。
 アメリカはファーウェイの孟晩舟(Meng Wanzhou:メン・ワンツォウ)CFOをカナダに逮捕させて人質に取り、中国に覇権挑戦を諦めるように迫っている。(編集部注:本記事の初出は4月9日)
 しかし、ファーウェイ製品を使うか使わないかをめぐって、世界の足並みは揃わない。とくに欧州諸国は分裂している。また、ファーウェイ側も強気で、アメリカ政府を提訴するにいたっている。
 はたして、ファーウェイは今後どうなるのだろうか? そして、米中覇権戦争の行方はどうなるのだろうか?

中国は貿易交渉でアメリカに譲歩しない
 
 とりあえず、ここまでの経緯をまとめて、それから、今後の展望を述べていきたい。
 現在、ファーウェイの孟晩舟CFOはカナダで拘束中であり、所轄の裁判所ではアメリカへの引き渡しを巡る審理が続いている。近いうちにアメリカに引き渡されると考えられるが、その時期はわからない。
 一方、米中の貿易協議は高官レベルの交渉が続いている。3月末には北京で2日間にわたって行われ、さらに4月になってワシントンDCに場所を移して行われた。4月5日、この交渉はいったん終了したが、米中両国はさらにテレビ会議などで交渉を続けることを表明している。
 トランプ大統領は、これまでの交渉の状況を「非常に順調」と、いつものようにツイートし、中国との合意がかなり近づいており、4週間以内に発表する可能性があると示唆した。しかしこれは、例によってトランプ流の“大口”と考えられ、本当に合意できるかどうかはまったくわからない。
 私の見立てでは、合意はおそらく無理である。米メディアもほとんどが同じ見立てになっている。
 なぜなら、中国がアメリカの要求する知的財産権保護、技術移転の強要廃止、補助金政策の転換などを本気で受け入れるはずがないからである。一部では、いま課している関税ですら譲歩しないだろうとささやかれている。
 そのせいか、大口のトランプより真面目なライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は、「いくつか解決すべき非常に大きな問題が依然として残っている」と述べ、中国が折れるまで交渉を継続すると表明している。
 また、クドロー米国家経済会議(NEC)委員長は、3月28日の段階で、「時間に左右される問題ではない。政策方針と合意履行の問題だ。さらに数週間、または数カ月かかるなら、かければよい」と述べている。
 つまり、米中貿易戦争は長期戦、それも消耗戦に入ったと言えるだろう。すでに何度も述べてきたが、この戦争は貿易戦争だけに止まらない。現在の世界覇権国であるアメリカと覇権挑戦国の中国との間の“全面戦争”である。

アメリカ政府を提訴、強気のファーウェイ会長

 トランプという大統領は、自身の利益の追求に夢中なだけの男で、この世界がどうあるべきかには興味はない。しかし、アメリカの中枢部は違う。「自由」と「人権」が人類が追求すべき最大の価値として、これまで政治を行ってきた。軍産複合体がアメリカを支配しているという見方があるが、彼らも自由と人権の守り手であることには変わりない。
 とすれば、価値観がまったく違う中国が世界覇権を握ることを、アメリカが許すわけがない。アメリカこそが世界で唯一のリーダーであるから、それに代わろうとする異質な国家の力をできる限り削ぐ必要がある。
 その象徴的なターゲットが、中国政府の支配下にあるファーウェイである。
 しかし、ファーウェイは、中国政府とは関係ない、北京に情報を提供していないと主張してきた。そうして、3月末、アメリカ政府をテキサスの連邦地裁を通して提訴した。「アメリカの政府機関が自社製品の使用を禁止していることは、合衆国憲法に違反している」と主張した。
 3月29日、ファーウェイ輪番会長・郭平(Guo Ping:グォ・ピン)は、香港メディアのインタビューでこう述べている。
 「アメリカ政府は敗者の態度を取っている。アメリカはファーウェイと競争することができないためにファーウェイを中傷している。私は、アメリカがその態度を改めることを望んでいる」
 「アメリカは国際社会の作法も完全に無視している。各国はアメリカの利害ではなく自国の利害に基づいてなんでも決めるのだ」

日本は従ったが英国は従う気なし

 ファーウェイの郭平会長が、ここまで強気なのは、なぜなのだろうか?
 それは、いまのところ、アメリカと共にファーウェイ排除に動くはずの各国の足並みが揃わないことが最大の要因だ。アメリカ主導で機密情報を共有する「ファイブ・アイズ」(Five Eyes:アメリカ・英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの英語圏5カ国)の国々でさえ、ファーウェイに対する姿勢はバラバラだ。オーストラリアやニュージーランドは5G網にファーウェイ製品を使わないことを決定したが、英国は態度を明確にしていない。
 英国の国立サイバーセキュリティーセンター(NCSC:National Cyber Security Centre)は、「ファーウェイ製品を5G網に導入したとしてもリスクを管理することは可能だ」という結論を出している。なにより英国は、「ブレグジット」(=Brexit、EU離脱)を巡って大揺れで、それどころではないのだ。また、英国はかつてアメリカの宗主国だったプライドがあるので、とくにトランプに従う気はないようだ。
 いまのところ、アメリカに完全に従っているのは、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ以外では日本だけ。欧州諸国は、完全排除に動こうとはしていない。後述するが、ドイツは5Gに関する厳格な基準を設定したものの、ファーウェイを含めた特定の企業もしくは国を排除しないという方針を打ち出している。
 このような状況を生み出しているのは、アメリカがいまだに、なぜファーウェイが安全保障上の脅威であるかを証明する具体的な証拠を提示していないことにもある。そのため、いくらトランプが「止めろ」と脅かしても、素直に受け入れる国は少ない。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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