連載229 山田順の「週刊:未来地図」 リテール・アポカリプス(小売崩壊)(中)  私たちの周囲から「お店」がどんどん消えていく

便利な「プライム」、加熱する「お急ぎお届け競争」

 2年前に、私は、アマゾンの「プライム」の会員になった。そして、こんな便利なものはないと、すっかりハマってしまった。いまや、仕事に必要な書籍や雑誌から、文具、日用雑貨、生活用品まで、ほとんどアマゾンで買っている。家内も同じで、最近は、化粧品もアマゾンで買うようになった。
 「プライムナウ」では、スーパーと同じように生鮮食品や食材、惣菜も取り扱っている。注文金額が2500円以上という制約はあるものの、指定エリアなら最短2時間で届く。
 いまのところ指定エリアは、東京都、神奈川県、千葉県、大阪府、兵庫県だけ。これら5都府県の一部で、都市部に限定されている。私は横浜市中区在住なので、このエリア内にいるが、さすがにスーパーにあるナマものだけは利用していない。というのは、歩いて2分のところにイオンがあるからだ。
 しかし、もっとも近いスーパーに車で行かなければならないような郊外、地方に配達エリアが拡大されれば、そこの住民は間違いなく「プライムナウ」ユーザーになると思う。
 アメリカでは、「プライムナウ」の影響で、ウォルマートなど大型スーパーチェーンも同様のサービスに参入し、「お急ぎお届け競争」が過熱化している。なにしろ、エリアによっては注文して1時間で届くのだから、利用者はうなぎ上りである。しかも、アマゾンは自然食品スーパーの大手ホールフーズを買収してしまった。

アメリカの家庭の半分が「プライム」の会員

 最近の米メディアの記事(市場調査会社eマーケターの調査)によると、アメリカでは昨年アマゾンの「プライム」の加入世帯数が、全世帯の47.4%に達したという。この比率は今後も拡大を続け、今年2019年は全世帯の51.3%(6390万世帯)、2020年には同54.8%(6870万世帯)、2021年には同56.9%(7170万世帯)に拡大する見通しというから、驚く。
 アマゾン自体は「プライム」の会員数を公表していない。ただ、2018年4月に、ジェフ・ベゾスCEOが1億人を突破したと発言している。
 アメリカの家庭の半分以上、1億人を上回る人々がアマゾンの「プライム」会員という時代がやってきたのだ。
 こうなると、アメリカ国民は「アメリカ国民」と言うより「アマゾン国民」である。トランプ大統領がアマゾンを徹底的に嫌うのも無理もない。ジェフ・ベゾスを個人的に嫌っていて、また、彼がワシントンポスト紙のオーナーだということを差し引いても、アマゾン帝国の存在は、アメリカにとって大きすぎる。
 アマゾンが「プライム」を始めた2005年2月の年会費は79ドルだった。それが、2014年4月に99ドルになり、2018年5月には119ドルになった。考えようによっては、この年会費はアマゾン帝国の住民税である。もはや、アメリカの家庭の半数はアマゾンなくして暮らしが成り立たない。

年会費が安いのに会員数が少ない日本

 アマゾンは会員数を増やすのに、貪欲である。最近は、低所得者向け料金プランの対象を拡大している。これは、たとえばメディケイド(低所得者向け保険)受給者やフードスタンプ受給者なら、年会費を減額するというものだ。もはや、中所得者層の会員は頭打ちと判断したのだという。
 ちなみに、日本での「プライム」の年会費は3900円だった。「だった」と書くのは、この5月17日以降、次の更新時から4900円に値上げされたからだ。この突然の値上げ発表に、ネットでは非難の声も上がったが、会員離れは起きていない。アメリカに比べれば、日本の年会費は安すぎるからだろう。
 しかし、アメリカに比べると、「プライム」の会員数は少ない。
 アマゾンジャパンは、サイト利用者数や「プライム」の会員数を開示していない。調査会社のニールセンデジタルによると、日本のアマゾンの通販サイトの利用者数は約4000万人。このうちの20%弱が「プライム」の会員ではないかと推測されている。
 となると、多くて800万人である。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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