連載231 山田順の「週刊:未来地図」よみがえるアメリカ単独支配(上) ローマ帝国の歴史から今後の世界を見る

米中貿易戦争の激化が伝えられるなか、日本では心配する声が高まり、「米中双方とも悪い」という見方が一般化している。しかし、これはことの本質を見誤った見方で、こんな見方のままでいると、日本は将来を失う。これ以上対立が激化しないことを願い、米中どちらともうまくやっていきたいと政財界とも思っているようだが、そんな考えは極めて危険だ。
メディアも評論家も、同じような見方で、米中貿易戦争を論じているが、それに乗ってはいけない。今後は、経済行動も投資行動も大きく変えていかなければならない。
なぜそうすべきなのか?今回は、現代のアメリカを古代ローマ帝国になぞらえて、歴史の教訓を引き出す。

トランプの「アメリカを偉大に」との類似性

ローマ帝国とアメリカの類似性については、これまでさまざまに論じられてきている。そうしたなかで最近は、いまのアメリカがローマの末期と同じように衰亡期に入ったという見方が強くなっている。とくに、日本ではこの見方が強い。
ローマが世界を支配し、その秩序のなかで世界は何百年間も繁栄・安定し、平和が保たれた。これを「パクス・ロマーナ」(Pax Romana)と呼ぶように、これまでの世界はアメリカによる「パクス・アメリカーナ」(Pax Americana)が続いてきた。
しかし、リーマンショック以後は、このパクス・アメリカーナが崩れつつあるというのだ。とくにトランプ大統領が誕生し、米中貿易戦争が起きるに及んで、アメリカの衰亡はもはや疑いようがないというのである。
それだからこそ、トランプは「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」(Make America Great Again:アメリカを再び偉大に)を掲げたと指摘されている。
有名なエドワード・ギボンの「ローマ帝国衰亡史」によれば、ローマは帝国の領域を拡大し、異民族を受け入れ、領域各地に強大な軍隊を送り続けた結果、自身の重みに耐え切れなくなって衰亡したことになっている。歴史的に見れば、たしかにそのとおりである。
領域を拡大したことで経済的な負担が増し、異民族を受け入れたことで帝国内で文明の衝突が起こった。そして、最終的に収拾がつかなくなって、統治機能を失ってしまったのである。
トランプが流れ込む移民を排除しようとし、国境に壁をつくると言い出したのは、彼がローマの歴史を知っているかいないかは別として、ローマ人たちの苦悩とそっくりである。積み上がる財政赤字に喘いでいる点でも、ローマの衰退期と似ている。
しかし、このような類似性だけで、いまのアメリカがローマと同じように衰亡過程に入ったといえるだろうか?

アメリカはローマ史のどの時期にあるのか?

ローマの衰亡は長期にわたって矛盾が蓄積された結果起こった。しかし、繁栄は数世紀にわたり、何度も危機を乗り越えている。
イタリア半島の都市国家から始まったローマは、商業国家カルタゴの挑戦を退け、前1世紀末までに地中海全域を支配し、前27年に共和政から帝政に移行。その後、2世紀の五賢帝の時代にはもっとも安定し、領土も最大になった。しかし、軍人皇帝時代の混乱、ゲルマン人やササン朝の侵入などがあって次第に衰え、専制君主政に移行した後、395年に東西に分裂した。
こうした歴史から見れば、問題はいまのアメリカがローマ史のどの時期にあるかである。アメリカが世界覇権を握ったのは第1次世界大戦後である。そして、第2次世界大戦、冷戦を経て、本当の意味でパクス・アメリカーナになったのはつい最近である。
とすれば、いまの中国の覇権挑戦は、私にはカルタゴと同様にしか見えない。カルタゴを日本とする見方がかつてあったが、アメリカは日本の挑戦を太平洋戦争、日米貿易摩擦によるプラザ合意で2度も退けている。今回、カルタゴは日本から中国に代わっただけで、いずれ中国もカルタゴ同様の運命をたどると、私には思われる。

中国はソフトパワーでアメリカに及ばない

アメリカ衰退論を真っ向から否定した本に、国際政治学者ジョセフ・ナイの「アメリカの世紀は終わらない」がある。このなかで、ジョセフ・ナイは中国の台頭を論じ、アメリカは中国の挑戦を退けると結論している。
ジョセフ・ナイといえば、「ソフトパワー」論が有名。経済力や軍事力によるハードパワーより、政治力、科学力、文化的影響力などのソフトパワーほうが国家の本当の力であるという見方で、ソフトパワーを含めた総合力から見れば中国はアメリカにはるかに劣っているとしている。
たしかに、中国の経済力や軍事力は脅威である。しかし、この国は、台頭することで周辺諸国を警戒させないためのソフトパワーがないというのだ。これを人間に置き換えれば、「人望」ということになり、人望のない中国は世界のリーダー足り得ないというわけだ。
また、ジョセフ・ナイはローマとアメリカの対比にも言及し、いまのアメリカが教育や格差、政治制度など数々の問題を抱えているとはいえ、それらが絶対的な衰退をつくり出していないとし、いまがアメリカの世紀が終わる時期ではないとしている。
私は、アメリカ衰退論より、こちらのほうがはるかに現実を直視した論説だと思っている。
(つづく)

 

 

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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