連載239 山田順の「週刊:未来地図」中国から世界の工場がなくなる日 (下) 世界経済から排除され「後進国」に転落か?

ファーウェイ排除は冷戦時代のココムと同じ

 世界のサプライチェーンからの中国の排除は、アメリカのファーウェイ叩きによってはっきりした。アメリカ政府は5月、ファーウェイをアメリカ製品の輸出を事実上禁じる「エンティティー・リスト」(EL:Entity List)に載っけたからだ。
 ところがトランプは、前記したように、G20での米中首脳会談後、アメリカ企業によるファーウェイへの輸出を容認する考えを示した。これで、ファーウェイは一息つき、来年4000万台減少するとされた海外向けスマホ事業のダメージは軽減したとされる。しかし、安全保障にかかわる部品に関しては、アメリカは徹底してファーウェイを排除するはずだ。
 ※トランプが急にファーウェイへの部品輸出を認めたのは、対象となるマイクロンやインテルが抜け道を見つけたからだという。本社がアメリカ国内にあったとしても、海外子会社・事業の所有権を通じて自社の製品を海外製(アメリカ由来の割合が25%未満)だとすれば、輸出禁止の対象外となるからだ。また、単なるトランプの習近平に対するええかっこしいだという説もある。
 アメリカのファーウェイ排除に追随しているのは、いまのところ、オーストラリア、ニュージーランド、日本で、英国、ドイツのスタンスはまだ曖昧のままだ。ただ、英国は、追随する構えを見せている。ただし、今後、追随国が増えれば、米ソ冷戦時代の「ココム」(COCOM:Coordinating Committee for Multilateral Export Controls)と同じ結果をもたらすだろう。

ココムによってソ連は体制崩壊した

 ココムとは、日本語にすると「多数国による輸出統制委員会」の略で、戦略物資を中心とした製品を、ソ連を中心とした共産圏諸国に輸出することを規制した委員会。端的に言えば、アメリカがソ連に対して優位に立つことを目的にしたもので、ココムリスト(禁輸品目リスト)をつくり、これに載った製品の対共産圏輸出を禁じるとともに、違反すると制裁を科すというものだった。
 最初は、NATO諸国と日本、オーストラリアが参加し、その後、自由主義諸国が次々と参加した。
 日本では、1987年に東芝の子会社の東芝機械がソ連へ工作機械やソフトウエアなどを輸出していたことが判明し、COCOM規制違反に問われたことがある。東芝の技術がソ連の潜水艦のスクリュー音を減らすための新型羽根の開発、製造に利用されていることが指摘され、問題視されたのである。
 この東芝事件でわかるように、ココムがもっとも規制をかけたのが、先端技術だった。とくにコンピューター、半導体は重視され、金属研磨機械なども高精度のものは規制の対象になった。
 抜け駆けする国、企業はあったが、この輸出規制は効果があった。ソ連では、コンピューターの性能が西側に比べて劣っていたため、あらゆるものの開発に時間がかかった。また、金属研磨技術が劣っていたために、ソ連のジェットエンジンは出力と耐久性で問題があり、潜水艦のスクリューが容易に探知されるノイズを出し続けた。
 こうした状況を背景に、1980年代に、レーガン大統領は「SDI構想」(Strategic Defense Initiative:通称「スターウォーズ計画」)を発表した。これは、宇宙に兵器を配備し、ソ連のミサイルを無力化するというもので、ソ連政府に焦りと絶望を与えることになった。
 結局、SDIは実現しなかったが、ココムによる技術格差で経済が疲弊したソ連は、1991年、ついに体制崩壊することになった。

上層部が逃げた国に残る貧しくなった庶民

 はたして中国もソ連と同じ運命をたどるのだろうか? その答えは、「このまま行けば確実にそうなる」である。
 中国の技術はすでにアメリカを上回っているところもあるから、「新ココム」くらいでは、経済は衰えないという見方がある。しかし、今後、アメリカが「新ココム」で計画しているのは、量子コンピューターなどの「新興技術」(エマージング・テクノロジー)規制と、アメリカの大学の中国企業との共同研究の禁止である。そうなれば、中国のダメージはファーウェイ以上である。
 このように、「新ココム」はアメリカを中心とする世界経済からの中国の排除である。中国はモノの生産ができなくなるとともに、輸出市場も失うのだ。そうなると、国内は失業者だらけとなり、経済は減速し、元の後進国(発展途上国)の位置に戻るほかない。しかも、その後進国というのは、徹底したデジタル監視国家である。
 敗戦がもはや間違いないとなったとき、中国の上層部はどうするだろうか?
 実際の戦争(ドンパチ)ではないので、敗戦を宣言をする必要などない。そんなことより、昔もいまもそうしているように、彼らは海外に財産を逃避させ、それを元にして家族で海外移住する道を選ぶはずだ。「中華民族の偉大なる復興」を唱えてきた連中は、国と国民を見捨てるのだ。
 彼らに逃げられた国内に残るのは、生活がままならなくなった限りない数の一般庶民である。この一般庶民のパワーが結集すれば、共産党政権が倒れることも考えられる。それは、いまの香港を見れば想像できなくもない。
 日本が中国に手を差し伸べるのは、そうなってからでも遅くはない。「来年の桜の咲くころ」に、習近平を国賓として招くとは、まったくどうかしている。中国は、アメリカによってもたらされたダメージを、日本から補填しようとしているのだ。日本は、こうした北京の意図を知って、したたかに行動しなければならない。
(了)


【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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