勤行が終わり外に出て歩き始めると、さすがに腹が減ってクラクラしてきた。頭もズキズキ痛む。いよいよ来たか。この頭痛は好転反応のひとつで、簡単に言えば「脳の整理」が始まったサイン。体から毒素が出始めたということだ。こうなってくると階段の昇り降りはさらにキツくなってくる。息を切らしながら道場に戻ってそのまま横になった。断食中いちばん楽なのは熟睡しているとき。空腹も感じないし深い眠りにつける。夜の食事に重きを置く現代人の習慣がいかに胃腸に負担をかけているか、比べてみるとよく分かる。
少し眠ると気分も良くなったので、境内の奥の方にある書道美術館へ行くことにした。広大な境内の裏手なので距離はかなりあるのでのんびり散歩しながら。途中、淡い紫の花咲く藤棚でひと休み、あゝ青空が眩しい。湖面の辺りにある美術館は書院造り? というのだろうか、ひっそりと佇んでいる。中へ入ると壁いっぱいに飾られている達筆な書。なかには小学生の書も。中国の岩場を彫った荘厳な書がこれまた圧巻。どれも素晴らしいと言う他ない。そのあと売店に立ち寄り何気なく見回しているとあるものが目に入った。
“Let me see…”
おお、これだ! これさえあれば時間が潰せる。良いかもしれない、筆ペン付きの写経セット。さっそく購入して超ゆっくりと歩いて道場まで戻り、畳の上に正座して写経を始めた。次第に没頭していく。
「不生、不滅、無明、無苦…」
それにしてもお経って「不」と「無」の字が何度も繰り返し出てくる。ジョン・レノンのイマジンみたいだ。たった260字ほどの般若心経は、そもそも目も耳も鼻も舌もなく、ゆえに物体も音も匂いも味もないとあらゆるものの存在を否定する(じゃあ、あの鰻の香りも幻ってこと?)。
この世には初めから何も存在しない、光もない、闇もない、このありがたい教えもない、だから死もない、苦しみもない…。
3日目
この日も早起きして朝の勤行。だけど、もう急な階段を登る体力もほとんどない。ただ、頭痛が収まってくるにつれ次第に脳が研ぎ澄まされていくのを感じる。細胞や神経に溜まったホコリが払われ、身体中の感覚が敏感になっていく。そして「胃腸に何もない」ということがどれほど「意味のある」ことなのか気付き始め、自己の奥深くに眠る澄み切った感覚に驚かされる。そう、断食とは「体の治癒力」を高めるだけではなく「心の大掃除」でもあるのだ。実はこれこそが断食の最大の効果に他ならない。
つづく
Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理シェフなどの経験を活かし「食と健康の未来」を追求しながら「食と文化のつながり」を探求する。2018年にニューヨークから日本へ拠点を移す。