当初、ロシアゲートぐらいのことと思われていた「ウクライナゲート」は、調査が進むにつれて疑惑が深まり、トランプ大統領の「弾劾」(impeachment: インピーチメント)が現実味を帯びてきた。このままいけば、下院で弾劾訴追されるのは確実だ。(編集部注:このコラムの初出は10月29日)その後、上院でどうなるか次第で、この大統領の運命が決まる。
逃げ切るのか? 弾劾されるのか? それとも辞任するのか? どうなるかは予測できないが、いまや、この大統領は「錯乱状態」に陥っている。
確実なのは、大統領弾劾というアメリカの混乱が、アメリカ国内ばかりか、世界に深刻な影響を与えるということだ。
潮目を変えたテイラー代理大使の証言
自らを「安定した天才」と称するトランプ大統領は、いま、大統領就任以来、最大のピンチに立たされている。議会下院で始まった弾劾調査を「魔女裁判」(witch hunt)「リンチ」(lynch)と呼び、「党派の争い」と批判してきたが、最近では、共和党の一部議員も弾劾の動きに賛同する動きを見せ始めている。
潮目が完全に変わったのは、10月22日に行われた下院の聴聞会(非公開)でのウクライナ駐在のビル・テイラー代理大使の証言だ。テイラー代理大使は、トランプがウクライナに、軍事支援の見返りとして政敵であるジョー・バイデン副大統領の息子の捜査を要求していたと、断言したのである。
この公聴会後、民主党は「(今回の証言)は、2020年の大統領選に立候補しているバイデン氏をおとしめるため、トランプ氏が外国の力を借りようとしたという疑惑を立証する驚くべき内容だった」との声明を出した。
以来、アメリカのメディアはこの問題で大報道を繰り返している。そして、民主党は、さらなる証言者を求め、25日には、ポンペオ国務長官の側近を含む3人に召喚状を出した。
このような状況を見ていると、下院での弾劾訴追は確実と思われる。その後、上院で共和党がどう動くかで弾劾の行方は決まる。ただし、弾劾には上院の3分の2の賛成が必要だから、多くの共和党議員がトランプを見限らなければならない。
それは、来年の大統領選を控えて、世論の動向を見ての判断となるだろうから、弾劾される見通しは現時点では低い。トランプ支持率は不思議なことに、なにがあっても40%前後だからだ。ただ、この先はわからない。
「ウクライナゲート」のなにが問題か?
ウクライナゲートの発端は、8月に情報機関当局者から、トランプが外国の首脳と連絡をとり、ある「約束」をしたという内部告発が出たことだった。その後、「ニューヨークタイムズ」(NYT)と「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)は、外国とはウクライナであると報道し、続いて「WSJ」が、トランプはウクライナ大統領ゼレンスキーに、バイデンの息子を調査するよう、少なくとも8回は要請したと報じた。
バイデンの息子、ハンター・バイデンはウクライナの天然ガス会社ブリスマ社の役員を務め、多額の報酬を受け取っていた。この会社のビジネスに不正があったことが、ウクライナではかねてから問題になっていた。トランプは、この疑惑に目をつけ、ゼレンスキー大統領とウクライナ政府に、バイデン親子の捜査を行うように要求し、その見返りに、軍事支援をすると約束したのだというのが、「ウクライナゲート」の大まかなストリーである。
今回、このことで、いちやく、流行語となったのが「クイド・プロ・クオ(quid pro quo)」というラテン語だ。これは、日本語では「見返り」ということになる。「裏取引」と言ってもいいだろう。
外交においては、ビジネスと同じように「見返り」を要求することがある。しかし、それはあくまで「国益」のためのであり、トランプがしたことは「私益」、つまり政敵の足を引っ張ることだから、大統領としては、してはいけない行為となる。
すなわち、これは「弾劾に値する」というのだ。
そもそもウクライナとはどんな国なのか?
では、そもそもウクライナとはどんな国なのだろうか?
私がいつも不思議に思うのは、日本では、ウクライナを呼ぶときに、世界中でフツーに英語で呼ばれている「ユークレン」(Ukraine)を使わないことだ。ウクライナはロシア語、ウクライナ語での呼び方だから、それを尊重するのだという。しかし、それならなぜ、それまで「グルジア」と呼ばれていた国を、2015年に「ジョージア」という英語読み変えたのだろうか?
それはともかく、ウクライナは冷戦後、ロシアと西側とを相手取って、巧みに生き抜いてきた国である。しかし、2014年、ヤヌコヴィチ前大統領がEUとロシアを両天秤にかけ、どちらからも利益を上げようとして失敗、怒ったプーチンにクリミアと東ウクライナを奪われてしまった。ヤヌコヴィチ前大統領は、ロシアに亡命した。
以後、ウクライナは、ロシアに圧力をかけられていることを理由に西側から援助を引き出してきた。しかし、西側もいい加減、援助に疲れてきたところに登場したのが、今回のトランプの相手役、ゼレンスキー新大統領である。もともとは人気コメディアンで、テレビで大統領候補役をやったところ、本当に大統領になってしまったという人物である。
ゼレンスキーは、西側が援助を渋り、冷たくなってきたので、ロシアに歩み寄ろうとした。ところが、これに、保守勢力と軍部が強硬に反対。にっちもさっちもいかなくなっているところに、トランプが、軍事支援という「見返り」を持ち出したのである。
ちなみに、ゼレンスキーは、今回の天皇陛下の即位式典に参列、訪日した。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。近著に、「円安亡国」(2015)「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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