連載286 山田順の「週刊:未来地図」ニッポンの貧困、アメリカの貧困(第三部・上) メディアが取り上げない深刻化する日本の貧困

 前回は、日本の貧困に関して、おおまかに述べた。日本の相対的貧困率が年々増加していることと、それに伴って「子どもの貧困」と「高齢者の貧困」が進んでいることが、いまの日本の大問題といえる。
 しかし、これに対する有効な手立てはない。
 というのは、日本社会が階層化し、社会の底辺に追いやられている人々が、分断化されているからだ。彼らの姿は、一般メディアからは無視されているので、そのリアルな現実はなかなか見えてこない。

「下流社会」の出現に衝撃を受けた中流層

 これまで、日本が抱える「貧困問題」に関して、大手メディアの関心が薄いことを指摘してきた。しかし、すでにこの問題は本や雑誌記事によって、かなり知られてきている。ただし、貧困問題というより、日本社会が階層分化して、下流層が増えているという視点からのものが多い。
 その発端は、2005年に出版された、そのものずばりのタイトルの本「下流社会」(三浦展・著)である。この本が出るまで、一般の人々(中流層)は、この日本に下流社会が形成されていることをあまり認識していなかった。しかし、この本によって、その実態が明らかになると、多くの人が、はたして自分は平均的な中流の日本人なのかと疑問を抱くようになった。誰もが、「1億総中流」という日本社会が、すでに過去になったと感じていたからだ。
 「下流社会」が画期的だったのは、下流化している若者たち、いわゆる団塊ジュニア世代と呼ばれた当時30代前半を中心とする若い世代の日常を切り取って描いたことだ。 
 彼らは、地方都市に多く生息し、地元から出ないで、いわゆる「ヤンキー」として暮らしていた。ファッションからレジャーまですべてが地味で、おカネを使わない。意識としては、「その日その日を気楽に生きたい」と考えていて、地元の友人とのつながりを大事にしている。と、ざっとこんな具合だった。
 三浦氏はマーケッターなので、その視点からこの層を捉えて、彼らが消費の主体にならないことを指摘していた。しかし、いま思えば、こうしたヤンキーたちは、明らかに貧困層、貧困層予備軍と言えた。

「日本人の9割がヤンキーになる」という記事

 「下流社会」が出てから10年あまりが過ぎ、日本の若者たちの貧困化はますます進んだ。ここ数年で、私が衝撃を受けたのは、講談社の「週刊現代」の編集部に行ったとき、若手編集者から「今週、ボクが担当した記事でいちばんうけたのはこの記事です」と「日本人の9割がヤンキーになる」(2013年12月7日号)という記事を見せられたときだった。
 彼は岡山県のある町の出身で、こう続けた。「東京にいると気がつきませんが、地方はもう完全な格差社会になっていますよ。エリートはどんどんいなくなり、ヤンキーだらけになっているんです。ヤンキー家庭ばかりです。田舎に帰ると本当にそれを感じます」
 それで、慌てて記事を読んでみると、次のような記述があって、やはりそうなのかと納得したのだった。
 〈1億総ヤンキー化を唱えているのは、書評家・ライターとして活躍する豊崎由美氏。ヤンキーたちの特長は、結婚すると子どもをたくさんつくり、なにも考えず、自分の育った範囲のなかだけで生きていることだという。「昔はどこの家にもそれなりに子どもがいました。しかしいまでは、子だくさんなのはヤンキー家庭だけで、普通の家庭やインテリの家庭は子どもを育てようとしない。やがて普通の家庭の子まで、ヤンキーだらけの世の中で生き残るために、自らヤンキー化することを選ぶでしょう。ますますヤンキーは増え、そうでない人は淘汰されてゆくのです」(豊崎氏)〉
 三浦氏が分析した下流社会のヤンキーたちは、このようにして増え、世代から世代へと、その生き方(つまり貧困生活)が受け継がれていたのだ。
 私もときどき、地方都市に行くことがあるが、寂れた街でたむろする若者たちを見て感じたことが、この記事にはズバリと書かれていた。

「マイルドヤンキー」という新貧困層

 「週刊現代」の記事は、いまのヤンキーを昔のやや不良っぽいヤンキーとは違う、「ゆるいヤンキー」としていた。
 彼らは不良ではないが、ヤンキー的価値観をカッコいいと思いながら生きている。彼らの生息地は、主に地方都市のロードサイドにあるショッピングモール(SC)や量販店、ファミリーレストラン。地元の学校を卒業し、地元の工場や飲食店などで働き、地元で育った友人の輪のなかで、20歳そこそこで「早婚」「デキ婚」し、子どもには「キラキラネーム」をつけているという。
 この記事が出て約2カ月後、その後ベストセラーになった「ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体」(原田曜平・著)が発売され、「ゆるいヤンキー」を「マイルドヤンキー」と呼ぶということを私は初めて知った。
 原田氏は博報堂のマーケティングアナリスト(当時)だから、マイルドヤンキーという新世代を、これからの消費の主体、新しい経済をつくっていくという視点で捉えていたが、私には「新貧困層」としか思えなかった。
 次に、この本に描かれたマイルドヤンキーたちの実態をまとめてみた。
・大都市郊外や地方都市に在住(家から半径5キロメートル圏内が行動範囲)
・仕事先は地元の工場や商店、飲食店などが中心
・休日は地元の大型SCに集ってすごす
・地元の仲間とよく居酒屋に行く(「子連れで居酒屋」がブーム)
・コンビニ弁当は野菜中心のオーガニック弁当(大都市で売れる)より唐揚げ弁当を好む
・憧れのクルマはミニバン
・東京では売れないEXILEや浜崎あゆみが大好き
・合言葉は「絆」「家族」「仲間」(地元愛が強い)
・冠婚葬祭に興味がない(「ジミ婚」「できちゃった婚」が中心)
・上昇志向が「低い」か「ない」(東京に行こうとは思わない)
・ややこしい理屈より「気合」でものごとをやる
・子供のころの人間関係が大人になっても変わらない
・スマホがコミュニケーション手段(「LINE」「ツイッター」を利用、暇つぶしにスマホゲームで遊ぶ)
(つづく)


【山田順】

ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。近著に、「円安亡国」(2015)「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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