連載292 山田順の「週刊:未来地図」 ニッポンの貧困、アメリカの貧困(第五部・上) トランプ大統領を誕生させた「白人貧困層」

現在、トランプ大統領は、次期大統領選挙に勝つため、自分の支持層に向けて必死のアピールを続けている。その支持層というのは、すでに日本でもよく知られるようになった「白人貧困層」だ。その多くが、中西部の「ラストベルト」(Rust Belt:さびついた工業地帯)と呼ばれる地域に住んでいる。今回は、そうした人々の現実を見ながら、アメリカ社会の分断と貧困問題を考えていく。

貧困層の救済を訴えるエリザベス・ウォーレン

10月24日、ニューハンプシャー州のダートマスカレッジで、民主党の大統領候補エリザベス・ウォーレン上院議員が、学生たち相手に熱弁をふるった。
 「富める者のためだけに機能する政府。それはただの腐敗だ」
 穏健派のジョー・バイデン元副大統領に比べると、彼女の舌鋒は鋭く、トランプを激しく批判している。ウォーレンが真っ先に掲げるのは、格差の是正。格差の底辺にいる貧困層の救済だ。そのため、これまで、富裕層への課税強化を訴えてきた。
 ウォーレンは、アメリカの全世帯の0.1%に相当する資産額5000万ドル超の富裕層の資産に2%課税する「富裕税」の新設を提唱し、その財源によって、学生ローンの返済免除、小児医療や貧困家庭の支援などに充てると訴えている。この演説会を伝えた日本の時事通信の記事は、次のように書いていた。

《広がる格差に対し、特に不満を持つのは、高い大学授業料や医療費の負担に苦しむ若者だ。ウォーレン氏の前に壇上でスピーチしたダートマス大の女子学生アティヤ・カーンさんは、父が病気で倒れたため若くして働きながら進学した自身の境遇に触れ、「美談ではない。私は心の底から怒っている」と気勢を上げた。
(中略)
 若者ばかりではない。ウォーレン氏の演説を聞いた年配の男性(67)は、「貧しい家庭に生まれた人が成功するのは、今の米国では極度に難しくなっている。もっとチャンスが与えられるべきだ」と語り、ウォーレン氏の「戦う姿勢」に共感を示した。》

貧困は人種や年齢と関係なく存在する

 前回も指摘したように、アメリカには「貧困ライン」(1万3064ドル、2018年)以下で暮らす貧困層が約3800万人いる。アメリカの相対的貧困率は、先進文化国のなかでは突出して高く、なんと、17.8%(2017年)に達している(ちなみに日本も15.7%と高い)。
 では、アメリカ貧困層の人々とはどんな人たちなのだろうか? 一般的なイメージでは、ヒスパニックやアフリカンアメリカンといった移民、有色人種の人々が多いと思いがちだが、実際は、貧困状態にある白人は黒人よりも800万人も多いとされ、貧困は人種や年齢と関係なく存在している。
 しかし、それらの人々は、誰もが「アメリカンドリーム」によって成功できるという“神話”があるおかげで、貧困を自己責任とされてしまっている。つまり、貧困層は、「負け犬」(looser)とされ、疎外されている。「自立自尊」「独立独歩」がアメリカ人の基本とされるので、保守層を中心に、アメリカでは「福祉にお金をつぎ込むのは無駄」という考え方が強い。
 そのため、民主党の大統領候補者たちは、国家による格差の是正と貧困層の救済を訴えてきた。その急先鋒が、バーニー・サンダーズとエリザベス・ウォーレンだ。
 しかし、その訴えは、トランプの政策に対するアンチテーゼにはなっていない。なぜなら、トランプは民主党の候補者たちが救済を訴える貧困層の支持によって大統領になったからだ。
工場労働者が中流の
暮らしができた時代

 いまや、日本人も「ラストベルト」という言葉を知るようになり、トランプ支持層の中心がその地域に住む白人貧困層だということを理解するようになった。
 ラストベルトは、東海岸のニュージャージー、ペンシルベニアあたりから五大湖沿岸域のオハイオ、インディアナ、ミシガン、ウィスコンシンなどの一帯だ。
 ここは、かつてはアメリカを支えた工業地帯であり、ブルーカラーの中流層が多く暮らす地域だった。その中心は、デトロイトを中心とする自動車産業地帯である。    
 かつて、この地域に住む白人たちは、高校を卒業して工場労働者となれば、時給25ドルが保証され、健康保険や退職金もあるという生活を送ることができた。毎日、汗を流して働けば中流の暮らしができ、週末は家族とともに過ごせ、日曜日には教会に礼拝に行けた。それは、まさにアメリカ人の典型的な暮らしであり、アメリカの「幸せな時代」だった。しかし、それは1990年代のはじめまでの話であり、いまやそんな生活は、ほぼなくなった。
 1980年代は日本が、1990年代に入ると中国が、この地域から雇用を奪った。製造業がアメリカから日本へ、そして中国に移るとともに、ラストベルトから工場が次々に消え、レイオフされた白人労働者は、貧困層へと転落していったのである。

トランプのじつに単純な
メッセージ

 白人の貧困層が拡大していることは、30年も前から言われていた。日本では「プアホワイト(poor white)」と呼ばれるが、一般のアメリカ人は蔑称で「ホワイトトラッシュ (white trash:クズ白人)」と呼んでいる。
 じつは、大昔からこういう人々は一定層いて、南部に多かった。たとえば、アパラチア山脈に住む山の民「ヒルビリー(hillbilly)」や、肉体労働者の「レッドネック(red neck=赤首:日焼けで首が赤くなっていることから)」などがそうだった。しかし、30年ほど前から増え出したのは、リストラで職を失って中間層から転落した白人、高校は出たものの職がなくてパートタイムで食いつなぐ白人の若者たちだ。
トランプは、格差社会の底辺にいる白人貧困層、中流から転落した白人層をターゲットにして、過激発言を繰り返し、その結果、大統領になった。トランプのメッセージは、じつに単純だった。
 「あなたがたが貧しくなったのは、移民に職を奪われたせいだ。また、中国などの新興国に職を奪われたからだ。あながたのせいではけっしてない」
 そうして、さらにトランプは言った。
 「私は、昔のような偉大なアメリカを復活させる(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)」 
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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