「ニッケル・アンド・ダイムド」での暮らし
ここで映画から離れるが、アメリカの貧困を現場から描いたノンフィクションがある。2006年に出版された「Nickel and Dimed(邦題「ニッケル・アンド・ダイムド アメリカ下流社会の現実」東洋経済刊だ。
ジャーナリストのバーバラ・エーレンライクは、当時、50代半ばという年齢も省みず、自ら底辺の人々の暮らしを体験しようと、まずフロリダでウェイトレスになり、次にメイン州で掃除婦、痴呆性老人介護施設での食事配膳係として働き、続いてミネソタ州でウォルマートのパート店員になった。そうして、その生活をつぶさに描いた。
タイトルのニッケルは「5セント硬貨」、ダイムは「10セント硬貨」のこと。つまり、「小銭に生きる=貧困に苦しむ生活」の象徴だ。エーレンライクが就いた仕事は、どれも時給8ドル以下。これでは、食べるのに精一杯で、住むところさえ確保できない。
エーレンライクは、「ニッケル・アンド・ダイムド」の暮らしを通して、アメリカでは貧困層になったが最後、這い上がることがどんなに難しいか、そして、時給8ドル以下の生活がどれほど人間の尊厳を守れない危険な生活であるかを訴えた。
約2000万人がモバイルホームで暮らしている
アメリカの貧困をつくり出している原因の1つが、住居費の高騰だ。アメリカには、低所得者のための安い家賃の公営住宅がほとんどない。そのため、アパートを借りられないと、低額の家賃ですむモバイルホームで暮らすことになる。あるいは、普通の住宅よりはるかに安い、モバイルホームを購入して暮すことになる。
昨年のカンヌ映画祭で上映され、好評を博した映画「Mobile Homes(モバイルホームズ)」は、そのものズバリの「モバイルホーム」での暮らしを描いている。主人公の一家は、リーマンショック後の不況で、ホームレスのように屋根のある場所を転々とする生活を続けていた。そんな絶望的な状況のなかで、8歳の息子のために、モバイルホームを手に入れようと必死に奮闘する母の姿を描いたのが、この映画だ。
2ベッドルーム付きの平均的なモバイルホーム(シングルワイド)の価格は、4~5万ドル。中古ならさらに安い。アメリカには「トレーラーパーク」と呼ばれる場所があり、そこでは、場所代を払えば、電気・水道が供給され、ごみの収集もやってくれる。そのため、モバイルホーム居住者の多くが、トレーラーパークで暮らしている。
もちろん、モバイルホームで暮らすのは貧困者ばかりではない。「どこにでも行けて自由に暮らせる」ということで、セカンドハウスとしてモバイルホームを使う人々も多い。しかし、モバイルホームは、やはり貧困層の象徴だ。アメリカでは、いま、約2000万人がモバイルホームで暮らしているという。
白人貧困層の怒りの行き先はどこ?
2000年代になって、アメリカの貧困層は拡大した。背景には、IT革命とリーマンショックがある。ラストベルトの荒廃は、製造業の海外移転から始まったが、その後、ネット社会が進展すると、雇用のオフショアリングが起こった。パソコンを使った単純なデスクワークは、インドなどの新興国に移った。
ITデバイス(パソコン、携帯電話、スマホなど)の生産も、ほとんどオフショアリングされ、アメリカからは多くの製造業が消えていった。
たとえば、アップルは、1990年代には1万5000人以上を雇用していたが、2004年には、国内の生産拠点をすべて閉鎖して、中国へと移転させた。
アメリカおける製造業のリストラはすさまじく、1980年から2010年の30年間で、製造業就業者数は1890万人から1220万人へと、なんと670万人も減った。
こうして生まれた白人貧困層は、じつは、有色人種の貧困層、移民の貧困層より、世間から厳しい目で見られている。たとえば、黒人の場合と違って、白人の場合は「怠け者」として捉えられ、貧困は「自己責任」とされてしまうからだ。
そのため、白人貧困層の怒りは、同じ白人の富裕層に向かわない。向かうのは、彼らと同じ有色人種や移民の貧困層である。トランプは、そうした心理を巧みに突いたのである。
(第五部・了)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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