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最終日
道場の広い暗闇のなか、眼が覚めるとサーっという音が聞こえてきた。雨が降っているようだ。そういえば昨日までの晴天続きですっかり頭になかったが傘を持って来ていない。朝の勤行までに止むだろうか。断食も今日で終わり。うれしい気持ちともう少し続けてみたい気持ちでまどろんでいるうち、いつしか雨音は聞こえなくなっていた。濡れた戸を開けて外へ出ると、薄明るい空はもう晴れていた。
最後の朝の勤行も終え急な階段を空腹でフラフラしながら下った。道場へ戻り帰り支度をして、あとは感想文。この断食道場の決まりらしい。3日間を思い出しながら簡単にまとめて書いた。それから部屋の掃除を済ませ、いよいよ待ちに待った「朝がゆ」の時間。この道場では3日以上断食すると最後の朝にお粥が提供されるとのこと。あゝこの瞬間をどれほど楽しみしていたか知れない。6時35分、腹を空かせた仔犬のように時間ピッタリ隣の玄関の前に立った。
「おはようございます」
直ぐに出てきたお坊さんが案内してくれたのは初日に来た部屋。座卓の上にはすでにお粥の用意がされてあった。
“Oh, what a good smell!”
土鍋からはお粥の炊けたなんとも言えない良い香りが上っていた。そして隣には梅干しが1個。赤い色が食欲をそそる。そして小皿に少し盛ってあるのは焼き味噌のようだ。ちょっと焦がした味噌はたまらなくおいしそう。
「3日間ご苦労さまでした。感謝の気持ちを持っていただいてください」
「はい、いただきます!」
さっそくお茶碗によそって食べ始めた。
「おいしい!」
3日のあいだ空だった胃に温かなお粥が染みていくのが分かる。ほんとうにおいしい。梅干しにも箸を伸ばしひとかじりすると酸っぱさが口の中に広がった。お粥がいっそうおいしく感じる。そして香ばしい焼き味噌も。これ以上のご馳走はない。何も食べなかった間、敏感になった舌は食べ物の味を何倍にも旨く感じとる。
「だけど、これも幻?」
ほんとうにこの世は何も「ない」のかも知れない。この旨いお粥も。嫌、しかしたとえこれが錯覚だとしても、「ある」と錯覚し続けていればそれが現実となる。
「ご馳走さまでした」
温かい煎茶を飲んで3泊4日の断食修行は終わり。参道に出ると鰻屋の看板が目に入った。「帰りは腹いっぱいうな丼を食べてやる!」
断食中ずっと意気込んでいたのも何処へやら。荷物を持って山門を出るころには、もうそんなことはすっかり頭からなくなっていた。
おわり
Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理シェフなどの経験を活かし「食と健康の未来」を追求しながら「食と文化のつながり」を探求する。2018年にニューヨークから日本へ拠点を移す。
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