連載380 山田順の「週刊:未来地図」飛べない「三菱ジェット」は日本凋落の象徴か(下)

ゼロ戦をつくった三菱がジェット機をつくる

 ここで、スペースジェット(旧MRJ)のこれまでの歩みを振り返ってみよう。三菱重工が、国産初のジェット旅客機の開発・製造を発表したのは、2008年のことだった。戦後日本が独自の旅客機を開発するのは、「YS11」(プロペラ機)以来40年ぶり、三菱として民間機を製造するのは約75年ぶりのことだったので、メディアは大きく取り上げた。
 三菱といえば、なんといっても「ゼロ戦」である。ゼロ戦の設計者で、ジブリのアニメ映画『風立ちぬ』で再度有名になった堀越二郎も三菱の社員だった。
 あのゼロ戦をつくった三菱がついに国産ジェットをつくる。それを聞いただけで、私のような世代は胸を踊らせた。
 戦後の日本は、アメリカによって航空機の研究・設計・製造を全面的に禁止された。そのため、世界一を誇った航空機技術を持ちながら、飛行機がつくれなくなった。この禁止期間は7年間だったが、この間に世界の飛行機技術はプロペラ機からジェット機に転換。日本は世界から大きく引き離されてしまった。
 しかし、高度成長をへて「メイドイン・ジャパン」が世界を席巻した以上、なぜ、ジェット機だけ自前のものが持てないのか。そんなモヤモヤが、技術者たちにはずっとあった。これは国民も同じだった。
 だから、MRJにかける期待は大きかった。「三菱ならきっとやる」「三菱なら世界一のものをつくれる」。そう誰もが思った。私もその一人だ。

度重なる設計変更で納入が遅れに遅れる

 当初、MRJは、2013年に納入される予定と発表された。ところが、いつまでたっても完成しない。納入時期も変更された。そして、2014年10月、発表から6年をへてやっと「ロールアウト」(完成披露式典)が行われた。
 初飛行は、ロールアウトから1年後の2015年11月11日。MRJは、ついに名古屋空港を飛び立った。約1時間半、大空を降下・上昇・旋回する姿がテレビに映し出され、その優雅な姿を見て私は感動した。
 これが日本のジェットだ。いずれ、これに乗れる日がやって来る。そう、私は確信した。
 ところが、その後の三菱から発表は、開発・製造が迷走していると思わせるものばかりとなった。アメリカに拠点を移して、型式証明の取得に向けて、試験機3機の試験飛行を重ねたが、いずれもうまくいかなかった。設計変更しなければならない点が何点も指摘された。
 こうして5回目の納入時期の変更が行われた後の2016年、大規模な設計変更が必要であることが、新しくチームに加わったベラミー氏らの外国人によって判明した。「このままでは型式証明を取れない」とされ、システムや部品、機能について見直した結果、なんと900件以上の設計変更を余儀なくされることになった。この設計変更に、3年の月日が費やされた。
 そして、2019年、今度は、スコープクローズの緩和見通しが甘かったことが判明し、従来の制限をクリアできる「M100」を発表。2020年の今年になって、ほぼ完成した「M90」を休眠せざるをえなくなったのだ。

三菱には「設計思想」が欠如していた

 開発・製造の発表から、すでに12年が経過した。
 この間の三菱の迷走ぶりは、「メイドイン・ジャパン」の栄光を大きく傷つけることになった。いまさら指摘しても遅いが、三菱の当初の設計は型式証明を取得できないものだったのである。
 なぜ、こんなバカなことが起こったのか? 
 私の知己の専門家が指摘するのは「設計思想」の欠如と「技術信仰」。そして、「驕り」である。
「飛行機のような複雑で巨大なシステムを設計するには、こうあらねばならないという思想が必要です。しかも、形式証明という縛りもある。となると、いくら技術力があっても、それを積み重ねていくだけではモノはできないのです。三菱は長い間、航空機から離れていたので、これを忘れてしまったんでしょう。MRJには設計思想がありませんでした」
 これまで、三菱はサプライヤー(供給メーカー)として、航空機メーカーなどに部品を納入してきた実績はあった。しかし、その延長では、飛行機はつくれない。
「設計思想」とは、英語では「Design Philosophy」と言う。つまり、なぜそう設計しなければならないのか?という「哲学」(Philosophy)がないと、モノづくりは必ず失敗するという。
 成功した製品には、必ず明確な設計思想があるという。
 ちなみに、ゼロ戦には明確な設計思想があった。軍部の要求は無茶なものだったが、それを実現するため、技術者たちは、一つ一つの性能実現に優先順位をつけて、極限まで戦闘機として性能を高めた。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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