ポンペオ長官が中国の領有権を完全否定
7月13日、たまりかねたマイク・ポンペオ国務長官は、南シナ海での中国の行動を牽制する公式声明を出した。ポンペオは、次のように述べた。
「アメリカはここで明確にしておく。南シナ海のほとんどの資源について中国政府が主張する権利は、完全に不法であり、その掌握を目的とした嫌がらせの活動も同じく完全に不法だ。中国がこの海域で他国の漁業や炭化水素開発を妨害したり、そのような活動を一方的に行ったりすることはすべて不法だ」
しかし、ポンペオがいまさらなにを言おうと、すべては遅すぎる。中国はあまりに単純な戦略で、南シナ海を領海化したからだ。
それは、核を保有する大国同士は戦争などできない。力には力で対抗はするが、それは見せかけにすぎない。先に力を行使してしまった側を、あとから力で排除することはできないというものだ。
実際、中国はこれまでそう行動してきた。だから、ポンペオ声明が出た翌日、中国外務省の趙立堅(ジャオリージエン)報道官はこう言い放った。
「アメリカの南シナ海をめぐる声明は事実を無視したものであり、アメリカは地域の安定を損ねるトラブルメーカーだ」
本当のトラブルメーカーは中国なのに、いつもながら中国は立場をすり替える。新型コロナウイルスの発生源と非難されたときも、趙報道官は、暗に発生源はアメリカではないかとすり替えて非難した。今回もまた同じというわけだ。
なお、ここで、尖閣諸島に関するアメリカの立場も書いておきたい。アメリカは、オバマ時代は尖閣諸島を日米安保の範囲に含めるとはしたが、その立場は曖昧だった。しかし、トランプになってからは明確になった。
アメリカ議会は、尖閣諸島における中国の領有権を否定し、中国艦船の日本側領海への侵入に制裁を科す政策を超党派の法案で宣言したからだ。
ただし、そうだからといってアメリカが中国の行動を阻止してくれるわけではない。
まさかの「香港国家安全法」の施行
私はずっと、中国は「香港国家安全法」の施行を行わないだろうと思ってきた。とくにコロナ禍が起こったので、まさか力で抑え込むようなことはしないだろうと考えてきた。そんなことをしたら、国際的な非難を浴びて、世界の中国離れはますます進む。また、中国にとって大きな利益をもたらす国際金融センター(オフショア)を失いかねないからだ。
香港がなければ、中国人民元は国際通貨たりえない。香港ドル=人民元とすれば、香港ドルの米ドルへ交換停止措置が実行されたら、困るのは中国である。よって、そんなバカなことをするはずはないと思ってきた。
しかし、私の予測は甘すぎた。習近平は“断固たる決意”で、「香港国家安全法」を施行してしまった。この法律が最悪なのは、外国人だろうと適用されることだ。第38条にはそれが明記されていて、中国政府を批判すれば中国官憲に逮捕される可能性がある。
もちろん、実際には、中国は中国領外でこの法を行使できない。しかし、香港や中国国内となれば別だ。たとえばトランジットで香港に1回でも降り立てば、逮捕もありえる。そう考えると、これは他国の人間にとってもとんでもない法律だ。
案の定、法案成立以来、香港からはヒトもカネも流出している。現在、香港ドルの暴落を、中国政府が為替介入して必死に抑え込んでいる状況だ。
それにしても、習近平はなんで、こんな割りの合わないことをしたのだろうか? これによって、当然ながら、中国は世界中の民主国家を敵に回してしまった。
「一国二制度」破棄によるダメージとは?
「香港国家安全法」の施行は、「一国二制度」という国際的な約束の破棄でもある。これにより、中国は、国際的な取り決め、約束、契約などを守らないということが、明らかになった。
「一国二制度」の約束をした、旧宗主国・英国が激怒するのは当然だ。香港返還は、サッチャーと鄧小平(デンシャオピン)が決めたものだから、習近平はこの偉大な2人の故人の顔に泥を塗ったことになる。
英国はさっそく、約300万人の香港市民に対し、英国の市民権や永住権の申請を可能にする方針を表明した。アメリカも、中国人に対してビザの発給を停止するなどの制裁措置を表明した。
これに対して、中国政府はまたしても「重大な内政干渉」と抗議し、英米に対して方針の撤回を求めた。
しかし、ボリス・ジョンソン英首相の答えは、じつにシンプルだった。7月14日、英国政府は5G関連の設備からファーウェイを排除すると表明。これは、ファーウェイだけでなく、中国政府にとっても大きなダメージであり、完全な外交的失敗である。
「一国二制度」破棄によるダメージでは、それだけではない。中国共産党の悲願(中国人の悲願ではない)である「台湾統一」にも決定的に影響する。
じつは、習近平がこれまで言ってきた「台湾統一」は「一国二制度による台湾統一」だった。習近平は常々そう述べてきており、いわばこれは習近平の看板政策で、「中国の夢」の重要な一部である。
ところが、今回の「香港国家安全法」の施行は、自分の政策を自らぶち壊したことになる。つまり、「一国二制度による台湾統一」というのは嘘であり、統一のための方便にすぎないことを、自ら暴露してしまったのと同じだ。
こう見ていくと、習近平は頭がおかしくなったとしか、私には思えない。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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