連載405 山田順の「週刊:未来地図」米中覇権戦争と日本(1) アメリカの帝国主義、中国の覇権主義(上)

 前回述べたように、いまの中国を育てたのは、他ならぬアメリカだ。したがって、アメリカが言うことを素直に受け入れることは、思慮の足りなさの証明だ。アメリカ側に立って、中国との冷戦を戦う前に、考えておかなければならないことがある。
 そこで、今回は、アメリカの歴史を振り返り、それがいかにいまの中国の「拡張主義」と似ていることを指摘してみる。
 歴史は繰り返す。中国がしていることは、まさに歴史の繰り返しで、現代においては人類の進歩に対する冒涜だ。

すでに南シナ海は中国の「領海」に!

 進歩的な歴史観に立てば、いまの中国の拡張主義は、時代錯誤の帝国主義政策である。なにしろ、自国領を拡大し、権益を得ようというのだから、野蛮すぎる。それも力とカネでやろうとしている。
 とても4000年の歴史を通して「知略」を育んできた中国人がやる戦略とは思えない。
 中国の拡張主義の典型例は、南シナ海の領海化である。すでに、今年の4月、中国は、南シナ海の西沙(英語名パラセル)諸島とその海域を管轄する「西沙区」、南沙(同スプラトリー)諸島とその海域を管轄する「南沙区」を新設し、中国の行政区にしてしまった。領土化の完成である。
 南シナ海は、中国、台湾、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、タイ、カンボジア、ベトナムに囲まれた海域である。世界有数のシーレーンであり、「公海」(international waters)である。これは、「海洋法に関する国際連合条約」(UNCLOS)で決められ、どの国の船舶も自由に航行できる。
 しかし、中国は国際法を無視し、いつの間にか、公海を自国の領海にしてしまったのである。
 中国が南シナ海に人工島を造成したり、軍事施設を建設したりしてきたことは、世界中が知っていた。しかし、誰も止められなかった。
 それは、中国の稚拙な戦略を、「まさかそこまで」とタカをくくっていたうえ、アメリカが見過ごしてきたからである。

「サラミスライス戦略」と「キャベツ戦略」

 南シナ海にある島嶼での建設や埋め立ては、台湾、ベトナム、フィリピンもやってきた。それは、UNCLOSのルールにしたがうやり方で、何十年も前から行われてきた。だから、中国は南シナ海には遅れてやって来た「新参者」だった。
 ところが、中国はいったん始めるとなにもかも早い。しかもルール無視だから、短期間のうちに人工島が造成され、軍事基地までできてしまった。中国がこんなことができたのには、大きな理由がある。それは、経済発展によって海軍力が強化され、ほかの周辺国に比べて圧倒的に優位な海軍力を保有できたからである。
 中国の戦略は、小さな行動を積み重ね、周囲が気がついたときは「時すでに遅し」というものだ。
 1983年、中国は手始めに南沙諸島のジョンソンサウス礁で、ベトナム海軍との間に軍事衝突を起こした。北京は、この程度のことで、ベトナム戦争で懲りたアメリカは介入してこないと踏んだのである。
 この中国の目論見は的中し、アメリカはなにも反応しなかった。アメリカは、メインランドから遠く離れた海洋上で、中国海軍とベトナム海軍が小競り合いをしたことぐらいでは、口を出さないのだ。
 いま、このことを思うと、いくらアメリカが「守る」と言おうと、尖閣諸島は本当に危ういと私は思う。
 ジョンソンサウス礁での成功を契機に、中国は「サラミスライス戦略」と呼ばれる戦略を次々に実行するようになった。小さな行動を積み重ねて既成事実化していく。そうして、できあがった状態を国際的に認めざるをえなくする。
 これは、サラミをスライスして少しずつ奪い、相手が危機感を覚えたときには、すでに丸ごと確保してしまっているというものだ。
 この戦略を実行するために、中国はまず、狙った島嶼に漁船(民間人)を送り込む。そして次に、民間人の保護という名目で、中国の「海監」(中国海警局の監視船)を送る。さらに、その背後から中国海軍の艦艇を送り込むというかたちで、キャベツは完成する。
 このように、狙った島嶼をキャベツの葉のように幾重にも取り囲み、相手に手出しさせなくして、最終的に奪ってしまう。これが、キャベツ戦略である。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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