連載419 山田順の「週刊:未来地図」菅義偉・新首相が日本経済を地獄に導く(完)

「苦労人」というストーリーはフェイク

 菅新首相に対して「納得がいかない」、言葉を換えて「信用できない」と思うのは、彼がこれまで語ってきたことが、真実ではないことにある。

 この人は、安倍前首相が辞任するまで、「首相になる気はない」と言い続けてきた。結果的に、これは完全な嘘だった。そして、「苦労人」「叩き上げ」であるというストーリーがフェイクであると、いまや判明してしまった。

 当初、伝えられたストーリーはこうだった。秋田の貧しい農家の長男に生まれ、高卒後、集団就職で上京し、板橋で町工場に努めた。その後、法政大学の夜間(2部)に通い、就職。あるとき、政治家になろうと志し、神奈川県の有力議員、小此木彦三郎の秘書となり、その後横浜市会議員(2期)、衆議院議員となった。このように、彼のHPには書かれていたし、自身も述べていた。

 しかし、最近の「週刊文春」などは、こうしたストーリーがフェイクだと、取材によって明らかにした。「集団就職」「苦学生」は嘘で、高卒後に単身上京。大学も2部でなく1部だった。また、実家はカリスマ農家、いわゆる豪農で、父親は農家の組合長で町会議員だった。

 それなのに、菅氏は自民党総裁選挙後の会見で、こう語ったのだ。

「私は秋田の農家の長男として生まれました。地縁も血縁もない政治の世界に飛び込んで、まさにゼロからのスタートでありました、その私が歴史と伝統のある自由民主党の総裁に就任することができました。私自身のすべてを傾注して、この日本のため、そして国民のために働くことをお誓い申し上げます」

人事を握って恐怖政治になる可能性

 菅新首相が、冷酷な権力者という報道もある。

 2014年に「内閣人事局」が創設されて以降、昇格を人質にとられた官僚たちは、政治家の顔色をうかがうようになって萎縮した。官邸に忖度をするようになった。その中心にいたのが、菅官房長官だというのだ。

 たとえば、菅氏が旗を振った「ふるさと納税」に異論を唱えた総務省の平嶋彰英氏(当時、自治税務局長)は、有無を言わさずに左遷させられた。「AERA」の記事によると、平嶋氏は、高市早苗大臣から「菅さんと何があったの? 謝りに行ってきなさいよ」と言われたことがあったが行かなかった。その結果、自治大学校長に異動させられたという。

「ふるさと納税」は、単に税がある自治体から他の自治体に移動するだけで、経済的には無意味。しかも、高所得者の節税対策になるという愚策だ。経済がわかっている官僚なら反対して当然である。しかし、菅官房長官は受け付けなかった。

 こうした問題を取り上げたTBSの「報道特集」で、前川喜平氏(元・文部科学事務次官)はこう述べていた。

「以前は官邸の承諾は大概OKだったが、菅長官からはダメ出し、拒否権を発動されることがよくあった。文科省の内部登用の人事は菅氏に差し替えられ、文化功労者を選ぶ審議委員の人事も、安倍政権批判をしているという理由で却下。菅政権で一強体制がより強まる」

“劇薬”を飲み続け「自助・共助・公助」で暮らす

 いずれにしても、菅義偉首相の誕生は、自民党内の派閥談合で決まっただけに、総裁選挙は“茶番”だ。彼が、リーダーシップ、政策、実績、能力で抜けていたわけでない。

 それが、首相にまでなってしまうのは、平時ならいいが、非常時にはあってはならないことだろう。

 いまの日本のいちばんの問題は、少子高齢化と人口減である。これを解決しない限り、経済復興はない。この大問題と、アベノミクスの異次元緩和からどう脱出するかが、今後の最大の課題だ。

 ここで、思い出してほしいのは、異次元緩和が始まったとき、これが“劇薬”と言われたことだ。劇薬を飲み続けたら、副作用があちこちに出る。また、中毒になってしまい、やめることができなくなる。

 つまり、安倍政権の継承ということは、劇薬を飲み続けるということだ。

 コロナ禍はいずれ収束する。しかし、異次元緩和はやめられない。とすれば、株価などの金融バブルはいずれ崩壊し、インフレがやってくる。その程度によっては、日本経済は徹底的に破壊されるだろう。

 ふたたび、菅氏の自民党総裁選挙後の会見に戻ると、そこで、彼はこう述べた。

「私の目指す社会像は、自助・共助・公助、そして絆であります。まず自分でできることは自分でやってみる。そして地域や家族で共に助け合う。その上に立って、政府がセーフティネットでお守りをする。そうした、国民から信頼される政府をつくっていきたい」

 こんな、当たり前の話など、国民は望んでいない。そんなことは、全国津々浦々で国民がみなやっていることだ。完全なピント外れと言うほかない。

(了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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