連載437 山田順の「週刊:未来地図」現金がなくなる日は来るのか? 加速する「デジタル通貨」(CBDC)の実用化(下)

中国が進める「デジタル人民元」の狙い

 では、世界に先んじてCBDC導入を進める中国は、なにを考えているのだろうか?

 すでに、キャッシュレス大国となった中国では、「仕付宝」(zhi-fu-bao)と「微信」(wei-xin)」という決済機能を持った2大アプリがある。それぞれ

「アリペイ」(Alipay)「ウィーチャット」(Wechat)」と呼ばれているが、利便性だけを見れば、デジタル通貨はこれだけで十分機能している。

 それなのに、なぜ、「デジタル人民元」を導入するのか?その理由は、いくつかあるが、最大の理由は、ドルによる覇権を崩すことにあるのは明白だ。「デジタル人民元」により、人民元を国際決済通貨にし、ドルの覇権を崩すのである。

 人民元紙幣が「デジタル人民元」に替わると、偽札がなくなる。香港などへの人民元の持ち出しが難しくなる。脱税が阻止できる。中国の富裕層が人民元をドルに替えて「資産フライト」をしているのは常識だが、これを阻止できる。

 などと、デジタル人民元の効用が言われてきたが、それ以上にドルの支配から脱することが、最大の目的だ。そのためには、どこの国よりも早く自国通貨をデジタル化する必要がある。そうすれば、先行者利益を総取りできると、中国は考えている。

 ここで、CBDCによる国家のメリットを、中国のような強権独裁国家の立場から、一歩踏み込んで見てみよう。

(1)政府が国民、企業のすべての取引情報を握り、税金の徴収が完璧にできる。同時に、脱税を阻止できる。

(2)なにかことがあれば、国民の資産を一瞬にしてすべて没収、差し押さえることができる。

(3)預金封鎖、デノミを即座に実行できる。

(4)各国の国際銀行を通さずに取引が可能になる。

 このうち(4)が、ドル覇権を崩すことになる。なぜなら、これで「デジタル人民元」の国際取引が可能になり、ドルの影響を受けない独自の金融経済圏を構築できるからだ。

資本移動の制限がある限り国際化は無理

 それでは、「デジタル人民元」の発行により、中国の狙いが成功するかどうかを考えてみよう。

 まず、ドルがなぜ強いのか?とうことだが、それはアメリカが世界一の経済力、軍事力、政治力を持っているからである。逆に言うと、ドルが強い、すなわち「基軸通貨」だから、アメリカは強いということになる。

 基軸通貨であるから、ドルは世界中で流通し、世界の企業、資産家、投資家は、ほぼみなドルで資産を保有する。その結果、ドルの余剰資産はアメリカの債券市場や株式市場に投下され、これにより、アメリカはますます繁栄するという仕組みができあがっている。

 これをドルによる「帝国循環」と呼んでいる。

 しかし、世界2位の経済大国であるにもかかわらず、人民元は国際決済すらままならず、資金の循環などからは程遠い状況にある。決済通貨または保有資産としての人民元の人気度は、ドル、ユーロ、ポンド、日本円に次いで世界第5位。日本円にも劣るのである。

 その理由は、人民元には資本移動の制限がかけられているからだ。

 中国政府は、人民元の国外持ち出しを厳しく制限している。そのため、人民元は自由に売買できない。なにしろ、人民元はいまだにドルにペッグされている。

 海外投資家は、中国に投資することはできるが、そこで得た利益を自由に中国の国外に持ち出すことができない。この規制がある限り、いくら「デジタル人民元」といえども、ドルの足元にも及ばないと言える。

(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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