ICUのベッド数はアメリカの約5分の1
現在、連日のように医療崩壊が報道されているが、それが起きているのは、コロナ患者を受け入れた協力病院か指定病院だ。これらの病院は、ほとんどが地域の基幹病院である。協力病院の入院患者が重症化すると、感染症のICU(集中治療室)がある指定病院に送られることになるが、空きがなければ送れない。現在、この状況が起こっている。
厚生労働省によれば、全医療機関のうちコロナ患者を受け入れているか受け入れ可能な協力病院は全医療機関の約2割にとどまっている。また、民間病院においては、コロナ患者の受け入れは約1割にすぎない。これでは、医療崩壊が起こるのは当然だ。
私の主治医で、医療ジャーナリストでもある富家孝医師はこう言う。「日本の医療は、町医者、つまり、中小の診療所、病院が中心で、医療リソースが分散されてしまっているのが大きな欠点です。また、基幹病院も縦割り組織で、医療が逼迫した際に、医療者を都道府県をまたいで移動させる仕組みがありません。
たとえば、東京都の場合、都知事の要請を都立病院や公立病院は受け入れても、民間の病院は受け入れません。日本の病床数では世界でも多いほうで、人口1000人当たりの急性期病床数は世界一です。また、CT設置台数もMRT設置台数も、国際的に見て多い。しかし、重篤患者を診る24時間対応のICUの病床数は少ないのです。少ないため、それに関わる医師も看護師も足りていません」
OECDの統計で、人口10万人当たりのICUのベッド数を見ると、日本のICUは7.3床で、アメリカの34.7床(全部で10万7276床)の約5分の1に過ぎない。しかし、アメリカは、これだけICUベッド数を持っていても、一時期医療崩壊を起こした。
富家医師が続ける。
「厚労省などの発表を見ると、新型コロナウイルスに対応できる病床数は全国で約3万床。これは全病床数の2%に過ぎません。なぜ、第1波、第2波が収束している間に、予算を投入して、ICU病床数を増やし、人材を確保しなかったのか。厚労省も政府も、自治体も、想像力がゼロで、まさかトリアージに追い込まれるとは夢にも思っていなかったのでしょう」
そもそも「命の選別」をどうやってするのか?
トリアージはフランス語で「選別・分類」を意味する。一般的にトリアージは、災害や事故などで大量の負傷者が出たときに、全員の命を救うことが物理的に不可能な場合に、仕方なく行われる。
戦争においては、「野戦病院」での治療が典型で、負傷兵に治療の優先順位が設定される。つまり、助かる確率が高い負傷兵だけを治療し、あとは放置される。
新型コロナ感染では、第1波のとき、欧米諸国でこれが起こった。
当時の状況をテレビ報道などで見た人も多いと思うが、運び込まれる患者に、医師も看護師も悲鳴をあげていた。当時の新聞記事をひもとくと、たとえば、「毎日新聞」の2020年4月4日の記事は、『追跡:新型コロナ 世界100万人感染 命に線引き イタリア、回復しやすい患者優先 スペイン、高齢者見捨てた施設も』というタイトルで、次のように書いている。「感染拡大に歯止めがかからないイタリアやスペインでは、事実上の医療崩壊が起き、現場では生存する可能性がより高い患者を優先する『命の選択』を迫られている」
アメリカの場合は、ニューヨークで「医療崩壊→トリアージ」が起こった。患者が次々に運び込まれた病院では、ICUが満床になり、廊下に患者があふれた。そこで、トリアージが行われたが、それが間に合わずに、持病のない40〜50代の中年患者や20〜30代の若者患者も命を落とすというケースがあった。
これが、トリアージの現実だが、ではどうやって命の優先順位を決めるのか?
「NYタイムズ」(2020年3月31日)は、『新型コロナウイルスの感染曲線が頂点を迎えたとき、どうやって病院は治療を行う患者を選別するか?』という記事を掲載した。この記事では、全米11州で発表されているトリアージのガイドラインが紹介され、さまざまな問題点が指摘されていた。
・重症化リスクのある高齢者より若い人を優先すべきか?
・社会にとって有用な人物—–政治的家や経済界のトップなどを優先していいのか?
・心臓や内臓など基礎疾患のある患者は、優先順位を下げるべきなのか?
などは、いちがいには決められない。どれもよく考えると、平等原則に反するし、基礎疾患者を見捨てることは、その多くが黒人などの貧困層なので、人種差別を助長してしまう。
それでもなお、アメリカにはガイドラインがある。欧州諸国にもある。ところが、日本はガイドラインがないに等しく、医療者はことあるごとに窮地に立たされるのだ。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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