連載474 山田順の「週刊:未来地図」なぜ「医療崩壊」? そしてついに「命の選別」に。 医療者も患者も見殺しの絶望ニッポン(下)

「善きサマリア人の法」がない日本

 トリアージのガイドラインがないと、優先順位を判断した医療者が、家族から訴訟を起こされることがある。つまり、「なぜ見捨てたのか?」あるいは「なぜ助けられなかったのか?」と糾弾される。

 医療者として最善を尽くしたとうのに、これでは救われない。

 欧米には、「善きサマリア人の法」(Good Samaritan laws:ルカによる福音書第10章)と呼ばれる法律があり、これにより、トリアージはある程度、規定されている。

 「善きサマリア人の法」では、「災難に遭ったり急病になったりした人など(窮地の人)を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗してもその結果につき責任を問われない」という趣旨が定められている(参照:Wikipedia)。

 「善きサマリア人の法」は、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど施行されている。これにより、医療者は、善意かつ誠実な救命、治療行為をした際に、それによってたとえ結果が悪くても、責任は問われないことになっている。

 しかし、日本では、民法にある程度の規定はあっても明確ではないため、医師法のほうが優先される。

 医師法19条には「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と明記されている。したがって、医師には救助の「義務」があるので、その際に過失があれば責任を免れないというのである。

政権が真剣にガイドラインをつくるべきだが

 このように、なにもかも不備、手遅れの状態で、感染拡大は進んでいる。このままいくと、国も自治体もトリアージの議論もガイドラインもつくることなく、医療者と患者を見捨てるだろう。

 東京都の場合、感染症指定病院は都立病院が中心だ。ということは、その責任者は小池百合子・都知事ということになる。私が住む神奈川県横浜市でも、感染症指定病院は県立や私立の医療機関が中心だ。とすれば、黒岩祐治・県知事や林文子・横浜市長が責任者である。

 しかし、彼らは医療崩壊の最大の問題であるトリアージに関しては、なにも発信していない。

 とくに小池百合子都知事は、フリップや標語をつくることと自分が目立つ記者会見には熱心だが、現場には興味がない。だから、これまで、菅首相との緊急事態宣言などの対策の駆け引きに終始してきた。

 そんなことより、いまは、患者や家族に対して、「重篤化した場合、人工呼吸器などの医療ソースが不足した際には、優先順によって治療を受けられない場合があります」と、はっきり告げておくべきだろう。そして、なんとしても、ICUと人員の手当をすべきだろう。

 また、終末期治療に関しては、人工呼吸器をつけるか、胃ろうをつけるか、ECMOを使用するかどうかなど、患者に意思を明確にしてもらうことだろう。

これは「人生会議」(旧「アドバンス・ケア・プランニング」Advance Care Planning:ACP)と呼ばれるもので、とくに高齢のコロナ患者には義務付けてもいいと思う。

 このようなことを考えると、やはり自治体の長では荷が重いので、政府が真剣に取り組む必要がある。しかし、現在の菅首相では、こんな議論には見向きもしないだろう。誰かが言い出したとしても、スルーは確実だと思われる。この首相は、丈夫で元気なせいか、人間の生死、医療にはまったく関心がない。

旧日本軍の失敗と同じの「兵站」軽視

 菅首相は今回の緊急事態宣言で、「重症者を受け入れる1病床につき約2000万円を補助する」ことを表明した。これを聞いて、私の知己のある都内の病院の院長は、「その程度で、今後、新たに患者を受け入れる病院が出るとは思えない」と明言した。

 彼の病院は患者受け入れの協力病院だが、ここ数カ月で、毎月1億円以上の赤字が出て、各方面に援助を求めている。

 現在の日本のコロナ対策を、旧日本軍の失敗と同じと見る向きがある。私も同意見である。かつての帝国政府(陸海軍ともに)は、兵站(ロジステック)を無視して作戦ばかりを行った。そのため、ひとたび敗れると、そのダメージは決定的なものになった。ガダルカナルでもインパールでも、兵站は軽視され、補給はほとんどされなかった。そのため、南方における日本軍の戦死者はそのほとんどが餓死だった。

 この先、国会が開かれ、そこでは「特措法」(新型インフルエンザ等対策特別措置法)の改正が審議されるという。自粛要請は命令になり、違反には刑罰が科せられる。

 なぜ、私たちは信頼できないリーダーと政府に「強権」を与えなければならないのか? 一時的な立法はやむを得ないかもしれないが、日本がますます壊れていくのは見るに忍びない。

(了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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