これまで、私はEV(電気自動車)の普及にはきわめて懐疑的でした。そうすぐには、旧来のガソリン車がEVに置き換わらないと考えてきました。しかし、アップルの自動車産業への本格参入で、自分の考えが間違っていると思い始めました。
それは、いま起こっているイノベーションが、ITによる全産業の変換だからです。いわゆるDX(デジタルトランスフォメーション)は、クルマを単なるコンピュータの端末に替えてしまおうとしています。ガソリン車はやがて「自動運転EV」に置き換わるのは間違いないでしょう。
結局、全産業巻き込むパラダイムシフトが起こっているわけです。
2014年から自動運転車開発をスタート
昨年暮れ、「ロイター」通信が、アップルが2024年までに独自のバッテリーを搭載した「自動運転EV」を製造する予定だと報じると、産業界に激震が走った。「やはりそうなのか」という声と、「本当にうまくいくのか?」という声が交錯した。
アップルの自動車産業への参入は、これまで何度か報じられてきた。実際、アップルは2014年から、「Project Titan」(プロジェクト・タイタン)と呼ばれる自動運転車の開発プロジェクトを始めている。ただし、その実態はよくわかっていない。
2017年に本社のあるカリフォルニア州内で公道走行試験を始めたこと、2019年にスタンフォード大学発の自動運転スタートアップ企業を買収したことなどが報じられてきた。しかし、2019年末に、プロジェクトメンバー190人が解雇されたので、開発はうまくいっていないという見方もあった。
ところが、今回の「ロイター」の報道は、独自のバッテリー開発によるものとしていたので、プロジェクトは順調だという観測が一気に広まった。その観測を裏付けるように、年が明けてしばらくして、いくつかのメディアが、今度はアップルが複数の自動車メーカーと提携交渉を始めたことを伝えた。そして、韓国・現代自動車がアップルと交渉中であることを認めたのである。
以上がこれまでの経緯だが、まとめると、アップルはグーグルと同じく、本気で自動運転EVをつくろうとしていることになるだろう。そこで、考えなければいけないのは、なぜアップルがここまで、自動運転EVに本気になったかだ。
アップルの圧倒的な資金力と技術力
現在の自動車産業のトレンドは、「EV技術」と「自動運転技術」の2つにあり、この両者は共進化しながら進んでいる。いまや、全産業がグリーンイノベーションに取り組んでいるので、この観点から見れば、次世代のクルマが自動運転EVになるのは間違いない。つまり、自動運転とEVの技術を真っ先に確立した企業が、自動車産業、いや産業界全体の覇権を握ることになる。
ただし、自動運転EVの開発は、従来の自動車メーカー、ビッグテック(巨大IT企業)単独ではできない。しかも、莫大な資金力がいる。つまり、その力を持っているのは、わずかな企業だけで、アップルもその一つに数えられる。
実際、アップルは「iPhone」が生み出す高い収益性に支えられた圧倒的な資金力を持っている。アップルの研究開発費(2020年9月期187億5200万ドル)は、トヨタの約2倍、EVで先行するテスラの10倍以上に達している。
この資金力を背景に、アップルは先行したグーグル、テスラを追いかける決意を固めたと言っていい。
グーグルの持ち株会社アルファベットは、傘下に自動運転車開発部門の「ウェイモ」も持ち、ウェイモはすでに仏ルノーや日産と提携して開発を進めている。一方のテスラはEVでは先行したが、自動運転技術に関してはグーグルにはまだ及ばない。すでに、グーグルの自動運転技術は「レベル3」に入ったと言われている。これは、現在実用化されている「レベル2」から大幅にアップグレードしたものだという。
これをアップルは、「iPhone」などの開発を通じて蓄積してきた半導体やセンサー、バッテリー、AIなどの技術によって追いかけ、追いつき追い抜こうとしているわけだ。
ちなみに、テスラのCEOイーロン・マスクは、先ごろ、テスラをアップルのCEOティム・クックに、時価総額の10分の1の価格で買収を持ちかけたことがあると明かした。それは、彼が「もっとも暗い日々」だったと言うので、おそらくEVの開発過程でトラブル続きだった2017年のことと思われる。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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