連載507 山田順の「週刊:未来地図」知らないうちに定年消滅 、 「70歳就業法」施行で「死ぬまで働く時代」に!(下)

連載507 山田順の「週刊:未来地図」知らないうちに定年消滅 、 「70歳就業法」施行で「死ぬまで働く時代」に!(下)

年金支給開始75歳は65歳に比べて得?

 数少ない報道のなかの一部に、今回の「70歳就業法」を、「人生100年時代」を受けて歓迎する向きがある。要するに、働き方の選択肢が広がったうえ、いつでも好きなときにリタイアできるというのだ。

 こうした論調では、「70歳就業法」は、「70歳まで働かされる」悪い法改正ではなく、「70歳まで会社に辞めさせられない」いい法改正となる。

 しかし、昨年、ほぼ同時期に「年金制度関連法案」(正確には「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」)が成立したことを思うと、この捉え方はトンチンカンが過ぎている。

 「年金制度関連法案」は2020年6月に成立したが、その最大のポイントは、現在、60〜70歳の間で選べる年金の受給開始年齢を、2022年4月から60〜75歳に拡大させるというもの。さらに言うと、年金の受給開始を75歳からでもOKにし、事実上、引き上げてしまうというものだ。

 公的年金の受給開始は65歳が基本だ。しかし、改正により、75歳から受け取ると、65歳開始に比べて毎月の受取額は84%も増える。

 また、これからは「人生100年時代」なので、100歳まで生きるとし、75歳から国民年金を受給すると、受取総額は約3728万円。一方、65歳から受給したときの総額は約2805万円。その差はじつに1000万円近くにもなるので、受給を遅らせたほうが得だと喧伝された。

「人生100年」など健康寿命からありえない

 しかし、これは完全なマヤカシである。

 なぜなら、年金を受け取っても、元気で暮らせなければ意味がないからだ。現在、「健康寿命」(日常生活が制限されることなく生活できる期間)は、男性が70.42歳、女性が73.62歳である。つまり、75歳ではほとんどの人が、なんらかのかたちで完全に健康とは言えないのだ。

 そんなときまで待って、多少の金額的な得をして、どうしようというのだろうか。

 また、平均寿命は、男性が79.55歳、女性が86.30歳だから、その前後に死亡するとしたら、年金の受取期間は数年に過ぎない。このように見れば、「70歳就業法」とは、じつは、高齢者イジメ法ではなかろうか?

 また、「人生100年時代」も、完全なマヤカシだ。

 昨年、厚労省が発表した2020年9月1日時点の住民基本台帳に基づく100歳以上の高齢者人口は、8万450人に過ぎない。しかも、このうちの8割以上の方々が、なんらかの疾患、認知症などを患っている。寝たきりになった方も多いのだ。

「働く70歳」「働く80歳」が増えて格差拡大

 私はすでに60歳代の後半に入り、昨年は心疾患で大手術も経験した。幸い、いまは元気で、まだまだ働く気力も十分ある。しかし、100歳まで生きようなどとはまったく考えていないし、そんな自信などない。まあ、80歳まではなんとかと思っている。

 はたして、いまの中高年の方が私と同じように思っているかはわからないが、だいたい人生80年、働けるところまでは働こうとは思っているだろう。

 老後の心配がなく、余裕がある方は別として、一般サラリーマンとして人生を送ってきた方は、だいたい同じように考えているのではないだろうか。

 しかし、それは、日本的な「終身雇用」が完全に維持され、正社員として働けるという環境があってこその話である。再雇用制度で仕事が業務委託となり、労働法によって守られた世界にいられなくなれば、定年消滅、雇用延長は地獄と化す。

 現在、すでに日本の終身雇用システムは崩壊している。トヨタが定年なしを宣言する時代だ。

 この時代は、40歳代半ばでリストラ予備軍となり、50歳を超えたら給料下落、そして60歳を過ぎたら、もはや転職しようにも有効な求人はない。会社は継続雇用をしてくれるが、身分は契約社員、あるいは業務委託で低賃金。

 現在、コロナ禍で、格差が拡大する一方になっているが、それに拍車をかけるのが「70歳就業法」である。

 今後、「働く70歳」「働く80歳」が増えて、この国はどんどんダメになっていくのではなかろうか。

(了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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