連載524 山田順の「週刊:未来地図」「脱炭素社会」の罠に落ちた日本 EVと炭素税で自動車産業まで失う危機(中1)
EUは電池駆動のEV以外は認めない
カーボンニュートラルを実現するにあたっての焦点の一つが、ガソリン車からEVへの転換である。後述するが、じつはEVはエコとは言い難い。EVのCO2排出量はHEV(ハイブリッド車)より多いからだ。しかし、世界はEVに向かって全速力で突き進んでいる。
とくにEUは、2030年代にガソリン車やHEVを含む内燃機関を全面禁止にし、電池駆動のEV以外は域内での生産・輸入を認めないことを決めている。また、乗用車のCO2排出量の企業平均目標を2030年までに60g/km以下に減らすことも決めている。これが守れないメーカーには、巨額の罰金が課せられることになっている。
中国もEV以外認めない方針だ。すでに、2019年の時点で、「NEV(New Energy Vehicle:新エネルギー車)規制」の導入を始めている。これにより、自動車メーカーは中国での生産・輸入量に応じて、NEVの生産実績で付与される「クレジット」を一定比率獲得しなければならなくなった。
こうしたEV1本化政策が実施されると、トヨタの「プリウス」のようなHEVはEUや中国での生産・輸出ができなくなる。これは、日本の自動車産業を直撃する大変な事態である。
3月11日、トヨタの豊田章男社長(日本自動車工業会会長)は、異例の記者会見を開き、「このままでは日本は自動車を輸出できなくなる」と訴えた。
日本の自動車産業は、関連産業を含めて約550万人の雇用を創出している。もし、今後、EV規制により輸出ができなくなると、そのうち70~100万人の雇用が失われ、15兆円の貿易黒字がなくなると、豊田社長は政府に対策を求めたのである。
なぜEVはHEVよりエコでないのか?
シャープの技術者から大学教授に転じた中田行彦氏が、「JB PRESS」(4月2日)に『「EVよりハイブリッドのほうがエコ」説を検証する それでも止まらぬEV化の流れ、日本の活路は「本当の脱炭素化」』という記事を書いている。中田氏の最初の著作『シャープ「液晶敗戦」の教訓』(実務教育出版2015年)と第2作は、私が出版をプロデュースした。中田氏の指摘はいつも鋭い。
この記事によると、2019年12月に行われた電池の研究会で、「EVは再生エネルギーの普及が前提でないと意味がない」という研究発表がなされたという。そして、「EVのCO2排出量がHEVより多い」というデータが示されたという。
これは、蓄電池メーカーや研究者、EVメーカーにとっては、まったくの「不都合な真実」である。
では、なぜ、EVはHEVよりCO2排出量が多いのか?
それは、EVが走行中に使用する電気そのものが、クリーンエネルギーでつくられているとは限らないからだ。CO2の排出量は、発電方式によって異なり、エコを考えるならEVだけでなく、それを走らすためのシステムをトータルで考えなければならない。こうしたことを評価することを、「ライフサイクルアセスメント」(LCA:Life Cycle Assessment)と呼んでいる。すなわち、「資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル」というサイクルで、環境に対する負荷を評価するというものだ。
風力発電や光発電は、発電時にCO2を排出しない。CO2を排出するのは建設時だけである。しかし、天然ガス(LNG)や石油、石炭を燃焼させる火力発電は、発電時に多量のCO2を排出する。つまり、こうしてできた電力を使っているなら、いくらEVといえども「LCA」の面からはエコではなく、EVを普及させるだけではCO2は削減できないというわけだ。
中田氏の記事は、EVとHEVのライフサイクルCO2排出量を、さらに細かく分析し、地域ごとの削減量の違いなども試算しているが、ここでは省く。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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