連載563 山田順の「週刊:未来地図」賃上げして中小企業を淘汰すれば経済回復!? 無知の極みの管政権(完)
生産性が低いのは中小企業が多いから
ここからは、最低賃金の引き上げとともに画策されている中小企業の淘汰に関して見ていこう。「中小企業こそが日本経済の停滞の原因であり、再浮揚のためにはその淘汰が不可欠」と、デービッド・アトキンソン氏は主張した。これを、菅首相は丸呑みしたのである。
中小企業が槍玉にされたのは、日本の生産性が国際的に低い、大きな原因とされたからである。日本生産性本部の「労働生産性の国際比較」によれば、2018年の日本の1時間当たりの生産性は、購買力平価換算で46.8ドル。74.7ドルのアメリカの6割強にすぎず、G7で最低である。
どんな国でも、大企業のほうが中小企業より生産性は高い。規模の経済から言って、これは当然だ。日本は中小企業の割合が全企業の9割以上も占めているので、生産性はとりわけ低くなる。そこで、中小企業を淘汰してしまえば、おのずと生産性は上がるというのだ。
その手段として、最低賃金の引き上げが、菅政権のなかで位置付けられたのである。引き上げていけば、耐えられなくなって倒産、廃業、再編に追い込まれる中小企業が増えるからだ。菅政権では、最低賃金の引き上げ以外に、中小企業への優遇政策も縮小する動きがある。
たとえば、緊急事態宣言による飲食店などへの給付金などは、他国に比べてはるかに低かった。
多くの中小企業は自然に淘汰されていく
では、中小企業の数を減らせば、本当に生産性が上がり、経済は活気づくのだろうか?単に中小企業を減らすだけで、生産性が上がるのだろうか?
中小企業「悪玉論」は、机上の計算であり、実際的ではないのではないか。
生産性が低く、赤字続きなのに政府などの補助で生き延びている中小企業を淘汰するのはかまわない。しかし、そのプロセスで、これから伸びる将来性のある企業、社会にとって必要欠かせざる企業まで淘汰されてしまっては、意味がない。また、大量に輩出された失業者を吸収する企業はあるのだろうか?
たとえば、コロナ禍により観光業は虫の息となり、地方の中小旅館は潰れるところが多く出た。そうした旅館は買収により取り壊されたり、転業したり、転売されたりして、その地で培われたや信用やノウハウ、文化は失われてしまう。
たとえば小売業界を見れば、日本はコンビニを中心に個人経営、家族経営の小売店が圧倒的に多い。ウォルマートのような大型スーパーや量販店チェーンが中心のアメリカとは、業界の形態が違う。
これが、日本の生産性を低くしている原因と言うが、無理やり潰してしまうべきなのだろうか?
中小の小売は、無理に淘汰しなくても今後は自然に淘汰されていく。人口減とオンラインショッピングの拡大、デジタル化の進展により、自然とそうなる。ほかの業種の中小企業も同じだろう。
問題は、そうしたなかで産み出される失業者だ。
コロナ収束後の享楽消費の後は大不況
本来、生産性の向上は、イノベーションと労働者のスキルアップによってもたらされるものだ。
つまり、政府がやるべきことは、企業がイノベーションを起こせる、誰もがスタートアップできる環境を整備することだ。保護政策をやめ、規制緩和を進め、できうる限り経済に手を突っ込まないことだ。
そして、今後、予想される大量失業者社会を前提にして、個々の労働者のスキルを高めることだろう。1人1人のスキルアップがなければ、賃金は本当には上がらない。賃上げ強制や最低賃金法で無理やり引き上げても、それは見せかけにすぎない。
しかし、菅政権もその後に続くと思われる政権も、まったくの期待薄である。弥縫策ならまだましなほうで、今回の最低賃金の引き上げのような愚かな政策を打ち続けるだろう。
今後の日本経済は。よほどの幸運がなければ、落ちていていくだけになる。コロナ収束後に一時的な享楽の時期が訪れる。抑圧から開放された人々により、消費は大いに盛り上がり、好景気が来たような錯覚にとらわれる。しかし、その後の落ち込みはひどいものになるだろう。
株価も下落、円も下落。一気に不況に突入し、ひどいインフレがやって来る。そのときに備え、資産は実物資産に替えておくべきだろう。そして、個人としては、デジタル社会に対応できるスキルを磨いておくべきだろう。
(了)
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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