連載575 山田順の「週刊:未来地図」コロナワクチン誕生秘話(1) 誰も注目しなかった女性科学者の研究(完)
モデルナもまたカリコ博士の研究に注目
では、ファイザー・ビオンテックと並んでmRNAワクチンを開発したモデルナはどうやってこのワクチンをつくったのだろうか?
モデルナは、2010年にハーバード大学の生化学者デリック・ロッシ博士によって、ボストンで創業された。ロッシ博士は、カリコ博士の2005年の論文を読んで、即座に「これはノーベル賞に値する」と直感したという。
ロッシ博士はカリコ博士と同じく、早くからmRNAの医療への応用を考えており、MIT(マサチューセッツ工科大学)ロバート・ランガー博士を引き入れて研究を開始しながら、資金集めに奔走した。クラウドファンディングの技法を使ったが、資金集めと経営に大きな貢献をしたのは、フランスからCEOとして招いたビジネスマンのステファン・バンセル氏だった。
モデルナは、まだワクチンを1つもつくっていないにもかかわらず、ユニコーンとして2018年にナスダックに上場し、いまやその株価の時価総額は9000億ドル(約9兆9000億円)に迫っている。
モデルナもビオンテック同様、カリコ博士が研究開発した特許をベースにしてワクチンを開発した。その開発スピードは驚異的な速さだったが、それも基礎研究が進んでいたからだった。
しかし、その研究は当初、疑いの目で見られ、「モデルナは第2のセラノスではないか」と言われた。セラノスは医療ベンチャー詐欺としてアメリカ史上最大規模の詐欺事件として訴訟になり、設立者の有罪が確定している。
「私はヒーローではない」と言うインタビュー
アメリカ政府の感染症対策のアドバイザリーのトップ、NIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長は、ファイザーとモデルナのワクチン接種が始まったとき、カリコ博士の研究を名指しで賞賛した。「世界にパンデミック収束への希望を与え、ワクチンのさらなる可能性を開いた」と、インタビューで熱く語った。
イギリスの「ガーディアン」紙は、「研究者としての環境を求めてクマのぬいぐるみにわずかなお金を隠してアメリカに渡った研究者が、いまではノーベル賞の有力候補と言われている」と、賞賛した。
先に紹介したNHKのインタビューで、カリコ博士はこう語っている。
「物事が期待どおりに進まないときでも、周囲の声に振り回されず、自分ができることに集中してきました。私を『ヒーローだ』と言う人もいますが、本当のヒーローは私ではなく、医療従事者や清掃作業にあたる人たちなど感染のおそれがある最前線で働く人たちです」
現在、彼女のストーリーは多くのメディアで見聞きできる。NHKのインタビューはダイジェスト動画が配信されている。
https://www.nhk.or.jp/d-garage-mov/movie/41-524.html
CNNの番組「KUOMO PRIME TIME」に出演して、人気司会者のクリス・クオモのインタビューに答える動画
「Scientist reveals how she celebrated successful vaccine trials」は、CNNのサイトで視聴できる。
https://edition.cnn.com/videos/health/2020/12/15/katalin-karik-biontech-senior-vice-president-mrna-cpt-vpx.cnn
彼女の地元メディアの「Hungary Today」のサイトには、「Pfizer-BioNTech Vaccine Creator Karikó:Research Is My Passion, I’m Not A Hero, Healthcare Workers Are the Heroes」という詳しい記事が掲載されている。
https://hungarytoday.hu/katalin-kariko-zoran-inspiration-pfizer-biontech-vaccine-creator-klubradio/
現在、ネットフリックスは、彼女のドキュメンタリーを製作しているという。
(了)
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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