連載591 山田順の「週刊:未来地図」とうとう開幕! 東京「利権五輪」の裏面史を総括する(下3)

連載591 山田順の「週刊:未来地図」とうとう開幕! 東京「利権五輪」の裏面史を総括する(下3)

 

東京だけ無償ボランティアという不可解

  2016年のリオ五輪では、日本の都市ボランティアにあたる「シティ・ホスト」は、リオ市がおカネを払って雇用した。2018年の平昌冬季五輪では、ボランティア全員に交通費が支給され,宿泊施設も用意された。日本で行われた1998年の長野冬季五輪でも、宿泊が必要な県外からの参加者には県が宿泊費や交通費を支援した。

 しかし、今回の東京五輪はそれがない。組織委は自分たちはカネをふんだんに使いながら、底辺労働のコストをカットしたのである。  しかも、組織委は調子にのって、医師に対してまでも、無償ボランティアの募集をかけた。これはコロナ禍とあって猛批判を浴びたが、それでも200人募集に400人近くが応募した。

 フィールドキャストは、結果的に、8万人のうち1万人が今年の5月までに辞退した。ただし、これは組織委の一方的な発表で、辞退表明しないままの人間、最終的にドタキャンする人間もいるはずだと、当時、私は推測した。

 案の定、無観客になったといっても、一部会場では人手足りなくなった。そのため、開催直前のこの時期までシフト変更などのドタバタが続いている。

ボランティアは私とは人種が違う

 すでに何度か書いてきたが、じつは私は五輪ボランティアに好奇心で応募した。五輪を取材するなら、プレスとして登録して取材するより、底辺の現場を取材したほうがいいと考えたからだ。「奴隷労働」がどんなものか、実際に経験したかった。

 これを友人は、「お前はバカじゃないか。こんな危険なときに、勤労奉仕とは聞いてあきれる」と、嘲笑した。

 しかし、私は、今日まで律儀に研修を何回か受け、6月にはユニフォームを受け取りに行き、さらにワクチン接種を受けて、「その日」に備えた。そんななか、担当も横浜球場のEVS(イベントサービス)業務と決まったが、無観客となったため、組織委から一方的に活動をキャンセルされてしまったのである。

 ただし、批判が殺到したせいか、あるいは組織内で「それではあんまりだ」という意見が出たせいか、「1日だけ活動してもらいます」(要するに、やらせてあげる)というメールが先日届いた。

 驚くのは、この組織委の措置に感激している人間がいることだ。五輪ボランティアは、全体で、あるいは仕事別、会場別などでSNSのコミュニティをつくり、そこで連絡を取り合っている。

 それを見ると、無観客決定まで、「もうすぐです。現場ではお互いに輝きましょう」「精一杯がんばりましょう」などという書き込みが多かったが、無観客が決まると「残念です」「悲しい」「ほかのシフトに回してもらえないか頼んでいます」と一変した。

 それが、横浜球場の場合、1日だけやれるとなって「感激です。これで輝けます」「うれしいです」と、また一変した。

 私はいま、ボランティアと私とは人種が違うのではないかと、つくづく思う。

 彼らは、五輪で「心を一つにして感動を分かち合える」ことを信じているようなのだ。わざわざ、休みを取って五輪成功のために活動できることに生きがいを見出している。さらに、そうできる自分を自分自身でほめている。コロナで苦しんでいる人々のことなど眼中にない。

 ちなみに、「輝きましょう」などと、普段使わない言葉を使うのは、ボランティアの研修で 、「shine」という英語が多用されたからだろう。

(つづく)

 

この続きは8月20日(金)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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