連載609 山田順の「週刊:未来地図」 「脱炭素」でトクをするのは誰か? なぜ欧米は自滅への道を突き進むのか?(下)
(この記事の初出は7月6日)
当初は新興国の台頭を阻止するためだった
地球温暖化対策が、国際社会のコンセンサスとなり、後戻りできなくなった理由は、国際政治の力学、地政学的な見地でこれまでの流れを振り返れば見えてくる。
1992年、「INC5」(第5回気候変動に関する政府間交渉)がまとまり、国際的枠組み条約が成立するまで、地球温暖化はたいした問題ではなかった。単に、一部の学者が指摘して騒いでいただけだった。
それが次第に、人類に災害をもたらす深刻な問題だと認識されるようになり、1997年に、「京都議定書」が採択された。この京都議定書により、各国はCO2の削減をしなければならなくなった。
とはいえ、CO2削減策の目玉は「排出権取引」。これは、CO2排出量の多い国に、CO2を排出する権利を買わせるというものだったから、中国やインドは反発した。排出権を買うための負担が大きすぎたからだ。
つまり、裏から見ると、排出権取引というのは、アメリカなどの先進国が中国などの新興国の経済的な台頭を防ぐための方策だった。排出権を売ることで、そこからのピンハネを狙ったのである。
ところが、2009年の「COP15」(第15回気候変動枠組条約締約国会議)から、地球温暖化対策の主導権は新興国に移った。中国がゼロエミッション宣言をして、CO2削減に乗り出すことを表明したからだ。中国、ロシアなどの新興国は、温暖化防止努力の成否を握っているのはアメリカと欧州であり、温暖化の元凶は欧米の石油メジャーだというストーリーをつくり上げた。
これに、環境アクティビストたちが乗ったため、地球温暖化問題は、ここからゲームチェンジとなった。
クリーン産業を急速に発展させた中国
いまや、脱炭素社会の実現に向かってもっとも努力しなければならないのは、アメリカ、欧州諸国、そして日本となった。トランプは、これを嫌ってパリ協定から離脱したが、バイデンが戻してしまった。
とくに欧州諸国は、世界に先駆けて脱炭素政策を実現させてきたため、中国が仕掛けた罠に陥ることになった。なぜなら、中国は欧米が脱炭素に勤しんでいるうちに、それを支える、太陽光パネル、太陽電池、風力発電、原子力発電などのクリーン産業を急速に発展させ、中国の製品、技術なしにCO2削減ができなくしてしまったからだ。
いまの脱炭素競争を見ると、中国などの新興国が一方的にトクをする構造になっている。
中国は、2060年のカーボンニュートラル達成を約束している。しかし、その具体策は示さず、化石燃料を燃やし続け、原発も稼働し続けている。
中国は本当にCO2削減をするだろうか?
中国は2020年代中にCO2の排出量の増加に歯止めをかけ、エネルギー政策を転換することを公約している。しかし、アナリストたちによると、その実現は難しいだろうという。ネックになっているのは、世界最大規模の送電網のリニューアルだ。
再生エネルギーへの転換は、太陽光発電所や風力発電所を建設するだけではすまない。そこでできた電気を遠隔地の消費者へ送電するシステムを刷新する必要がある。このコストは、新規の発電所建設に比べて5倍はかかるという。
送電網の刷新、化石燃料発電の削減など、中国は口先だけでやらないだろうという見方が強い。今後、欧米の再生エネルギーへの転換で石油は余る。それを使わない手はないからだ。
しかも、そうしたとしても、いまや世界第2位の経済大国となった中国を、面と向かって非難する国はほとんどない。とくに、中国マネーに浸ってしまった新興国が、そんなことをするはずがない。
(つづく)
この続きは9月16日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 ※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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