連載638 山田順の「週刊:未来地図」 円安、株安、インフレが襲ってくる! 誰も止められなくなったコロナ不況と長期低迷 (完)
(この記事の初出は9月14日)
1度価格が定着するとそれに慣れてしまう
現在、社会と市場を支配しているのは、行動経済学が言うところの「恣意の一貫性」(心理学者ダン・アリエリーの説)である。
これは、モノやサービスの価格が、最初に提示された価格に左右されるということ。たとえ最初の価格が恣意的であっても、もその価格が自分のなかで定着してしまうと、以後、一貫して判断を左右するという理論である。
要するに人は、モノやサービスの価格を、合理的に判断しておらず、印象によって決めているというのだ。
いったん価格が決まると、同じカテゴリーの別の品物にいくら出すかも「最初の価格」(アンカー)との比較で判断されるという。これを「アンカリング・バイアス」と呼んでいる。日本的な言い方をすれば、「刷り込み」現象だ。
東洋経済の記事『コロナ下の株高を説明する最新経済理論のツボ』で、経済学者の伊藤元重氏が、次のような面白い実験結果を紹介していた。
部屋に集めた参加者たちに紙を配り、まず自分の携帯電話の番号の下2桁(00から99)を書いてもらった。その後、ワインを1本出して参加者にオークションしてもらった。値段は100ドル以下、もっとも高い価格を付けた参加者がワインを買い取ることができる。
その結果、下2桁の番号が高い人ほど高い価格をワイン付けたという。
もちろん、携帯電話の番号と、ワインの評価にはなんら関連性がない。それなのに、関連してしまうのは、実際に2桁の番号を紙に書いてしまうと、その数字が頭の中に定着してしまうからという。
「効率的市場仮説」が通用しない世界
ドル円価格にも、株価にも、いや、あらゆる資産に、「恣意の一貫性」理論が通用する。いったん価格が刷り込まれると、人々はそれによって「高い」「安い」を判断し、実体経済のことなど重視しなくなるのだ。
「コロナで実体経済はボロボロ。こんなに株価が高いのはおかしい」と思っても、3万円近い株価が続くと、それが当たり前のように感じられるようになる。要するに高値慣れしてしまうのである。
その結果、3万円から数千円下がっただけでも、暴落したと感じる。じつは、ついこの前まで2万数千円だったのである。逆に、上昇感覚に慣れてしまうと、数千円上がってもまだまだ上がると思い込んでしまう。
「効率的市場仮説」が正しければ、株価や為替レートは実体経済の状況に敏感に反応しなければならない。物価も同じだ。しかし、最近はまったく違う。世界中で金融緩和をやり過ぎて、人々は、この状況が異常とは感じなくなってしまった。
とくに日本はそうである。物価に関して言えば、デフレが続きすぎて、モノやサービスは上がらないのだと、日本人は信じ込んでしまっている。
しかし、この状況が永遠に続くわけがない。
バブル崩壊に備え、資産は実物資産へ転換を
欧米が金融緩和の手仕舞いに入れば、その先に見えてくるのは、円安、株安、物価高によるインフレである。それなのに、次の総理候補者たちは、経済政策、金融政策に無頓着で、誰一人、緩和縮小を言い出さない。
しかし、「恣意の一貫性」「アンカリング・バイアス」は、いつか必ず、実体経済、財政状況によって成立しなくなるときがくる。バブルの崩壊が起こる。それがいつかとは言えないが、このところの状況を見ていると嫌な予感がする。
すでに、賢い資産家は、資産を金融資産から実物資産に移している。「恣意の一貫性」に左右される金融資産より、需給や希少価値で決まる、金(ゴールド)や宝石類、鉱物資源、石油などの天然資源、穀物などのほか、土地や不動産などの実物資産のほうが、インフレには強い。
そして、日本経済だが、金融緩和の副作用が効きすぎて、経済成長できない体質になってしまっている。いまや、あらゆる産業がリスクを取らなくなってしまった。
中央銀行による大量の資金供給とゼロ金利で、成長性に乏しいブラック産業、旧態依然の既存産業がほとんど生き延びている。この流れを断ち切り、金融緩和の出口戦略に入らないと、日本の将来は限りなく暗いままだ。
(了)
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