連載660 日本を襲う「円安地獄」: 円を持っているだけで貧しくなる! (中)
円安はデメリットのほうが大きい
これまでのパターンだと、為替が円安になれば、株価は上がった。それは、輸入物価が上がったとしても、輸出物価が上昇して相殺され、なおかつ企業の収益が増加するとされたからだ。
つまり、円安は歓迎すべきことで、事実、安倍政権時は、アベノミクスの一環として円安政策が取られてきた。
しかし、いまや日本経済はそういう構造にはない。日本はいまや輸出立国ではない。日本企業はたしかに海外市場で大きな収益を上げているが、それは国内からの直接輸出によってではない。日本国内でモノをつくって海外に輸出しているなら、円安は歓迎だが、海外でモノをつくって現地やほかの国で収益を上げているのだから、円安は恩恵をもたらさない。
むしろ、デメリットのほうが大きい。つまり、今回の円安は明らかに“悪い円安”である。
円は国際通貨とはいえ、ほぼ日本国内でしか通用しない。円では海外のモノは買えない。ドルに替えない限り、たとえば石油や天然ガスというエネルギー資源は買えない。
したがって、円安は、たとえばガソリン代の高騰という、国民生活に直結する物価高、いわゆるインフレに拍車をかける。
円安とともに進む原油高で貿易赤字に
日本のエネルギー自給率は10%以下、食料自給率は40%以下。つまり、私たちの生活はほとんどが輸入で成り立っており、円安が進めば進むほど輸入価格が上昇する。
この上昇分を、かつては輸出による収益が穴埋めしていた。しかし、いまや穴埋めができない状況に追い込まれている。
財務省の貿易統計によると、今年の9月の貿易収支は赤字である。9月の輸出額は6兆8412億円で、昨年同月より13%増えて7カ月連続で増加したが、輸入のほうは7兆4640億円で昨年同月より38.6%も増え、8カ月連続で増加した。
よって、輸出から輸入を差し引いた貿易収支は6228億円の赤字で、これは2カ月連続。このような貿易収支の赤字は、このところすっかり恒常化している。
9月の貿易収支の赤字の原因は、原油の輸入単価が、円建てで1年前に比べて65%余り上昇したことが大きい。つまり、原油高である。
コロナ禍の影響で、2020年4月に先物価格が史上初めてマイナスを記録したというのに、いまやWTI原油先物価格は1バレル=80ドルを突破し、10月20日には、7年ぶりに1バレル=84ドルとなって、2014年10月以来の高値を付けた。
内需産業も業績悪化で経済回復は絶望的
日米の金利差による円安の進行とともに、どこまで上がるかわからない原油高。原油ばかりか、そのほかの資源も軒並み高騰している。
円安と資源価格の高騰の2つが重なれば、日本企業の収益は吹き飛ぶ。その結果、期待されていたコロナ後の経済回復は、いまやありえない状況になった。
この2週間、そうした状況をよそに、「分配と成長の好循環」「新しい資本主義」などと言って選挙戦が行われてきたのだから、この国の政治は現在の状況に真剣に向き合っていない。
輸出入を行なっている多くの企業は、輸出入に伴う為替レートを実際の取引よりも3~6カ月程度、前倒しして契約する「為替予約」(先物契約)を使って取引を行っている。これは、為替変動リスクを回避するための有効な方法とされているが、為替が大きく変動すると、逆に多大なリスクを負い兼ねない。
このまま資源価格の高騰と、日米の金利差が開き続ければ、企業収益は本当に吹き飛ぶだろう。
輸入物価の上昇は、外需産業ばかりか内需産業を苦しめる。なぜなら、これまで続いてきたデフレに慣れきった消費者に対して、おいそれと値上げに踏み切れないからだ。そのため、ステルス値上げやコスト削減せざるをえなくなり、これが人件費にも及ぶ。
内需産業が苦しむなか、輸入価格と直接連動する電気料金やガソリン価格は、そのまま上昇していく。もはや、いくら感染者数が減っても、国内消費の回復に基づく景気回復シナリオはありえなくなった。
(つづく)
この続きは12月1日(水)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 ※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。