絵本作家 西野亮廣さん
映画監督 廣田裕介さん
日本のお笑いコンビ・キングコングの西野亮廣さんの絵本を原作とした、映画「えんとつ町のプペル」が2021年12月からアメリカで公開。公開に先駆け、製作総指揮・原作・脚本を務めた西野亮廣さんと、監督を務めたSTUDIO 4℃の廣田裕介さんにお話を伺った。
(茂山薫子/本紙 2021年12月15日取材)
「とにかく大変かもしれないけど 上を見続けること。それがむちゃくちゃ重要だなと思います。」
まずは率直に、全米公開の感想をお聞かせください。
僕のキャリアのスタートはお笑い芸人。19歳でお笑い芸人になってテレビの世界に入って、とてもうまくいったんですよ。でも日本語で活動していたものですから、届けられる層がどれだけ頑張っても1億2000万人が限界なんですよね。もっと大きい世界を見たいな、と思って25歳の時に芸人を辞めて『非言語のエンタメ』『翻訳可能なエンタメ』に挑戦しよう、世界に打って出ようと思ったんですよね。今日みたいな日を25歳からずっと思い描いていたので、時間がかかったけど続けてよかった、という感じですね。
日本での公開はコロナの真っ只中、2020年12月でした。「コロナで先行きが見えない、という状況がはからずもえんとつ町に重なった」と以前仰っていましたが、そこから1年経ち2021年12月にアメリカ公開となりました。日本と状況が違う部分もあるアメリカで今この作品を観る人にどのようなメッセージを届けたいですか?
日米問わずコロナの問題はまだ続いていると思っていて、僕たちが初めて経験したパンデミックという《どうすれば乗り切れるのかわからない》状況があって、働きたくても働けない人やすごく不安で震えている人が今もいらっしゃると思います。はからずも世界中がえんとつ町みたいになってしまって、見上げることができないという世界になってしまったけど、そんな中でもみんな「頑張ろう」「生きよう」としているじゃないですか。みんなが挑戦者になったと思うんですよ。というか強制的に挑戦者に「ならされた」。そういう人に、「星っていうのは見続けないと、見ることができない」というメッセージを届けたいですね。非常にシンプルなんですけど。目標・希望みたいなものを捨てた瞬間に終わっちゃうので、それだけはやらないで、とにかく大変かもしれないけど上を見続けること。それがむちゃくちゃ重要だなと思います。
この作品は初めから世界公開を見据えて制作されたと聞いています。実際に数々の映画祭から引っ張りだこの状態ですが、どんなところが国境を越えてこの作品が愛される魅力なのでしょうか?西野さんが制作時から見据えていたことと、制作時は想定していなかった反応などがあったら教えてください。
愛される魅力については、あくまで僕の主観でしかないんですが、つくる時に「世の中のニーズを先に調べてそこに合わせに行くのだけはやめよう」と思ったんですよ。僕はいろんなことにチャレンジして日本中で叩かれた人間で、周りに自分と同じような目にあった方は多くないですが、世界を見た時には僕と同じような目にあってる方は多分いるはずだなぁと思って。とにかく自分の極めてパーソナルなもの、その想いに嘘なく作品をつくった、というのは大きいかもしれないですね。もしマーケティングしていたら、「どこかで見たことあるな」というよくあるものになっていたんだと思います。
制作時に想定してなかったことでいうと、映画の原作の絵本の段階で、大きく軌道修正したことがありました。元々はえんとつ町はヨーロッパの石畳のような街並みだったんですが、制作をスタートして1年たった頃にジャパニーズ・ハロウィンが爆発したんですよ。日本にも昔からハロウィンはあったけど、その頃に《一晩で100万人が渋谷にくる》という変な祭りになったんですよ。しかも独特の分野というか、世界最大規模のコスプレ大会。もう1つはゴミ。これはすごくネガティブな問題ですけど、ハロウィンの日に大量のゴミが生まれるんですよ。「あれ?」と思って。僕ちょうどハロウィンの話をつくってて主人公が1人ゴミ人間、もう1人の主人公は掃除屋なんですよ。これって渋谷で起きてることじゃん、って思って。それでそれまで1年間つくっていたヨーロッパの街並みを全部やめました。今大急ぎで軌道修正してえんとつ町を日本寄りにすれば、日本のハロウィンのアイコン獲れるな、と。クリスマスでいうところのサンタクロース獲れるな、と思って。それで大幅に変更しました。
あの時ジャパニーズ・ハロウィンがあんなことになってなかったら、えんとつ町は今のビジュアルではなかったですね。そのあとも、煙がもくもくの話を書いた後にSDGsが出て来て環境問題についての議論が高まったり、映画をつくってみたら公開のタイミングでコロナが来たり、時代の波が後からいろいろ重なったんですよ。
ギフトだとは思うんですけど、それが想定とは違いましたね。でもそれによって前に着地出来ているな、とは思いますね。
えんとつ町は「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる、現代社会の風刺」ということですが、このコンセプトは日本だけではなく、世界やアメリカでも同じだと思われますか?
世界中の問題だと思うし、SNSがそれを加速させたのは間違いないと思います。邪魔する人にポイントが入っちゃう。ネガティブな情報の方がアクセスされるし、誰かの悪口や批判の方が、誰かを褒めてる記事よりもアクセスが集中するじゃないですか。特に今はコロナでみんなストレスが溜まってるので、あんまり人の成功について歓迎しないとも感じます。
2020年9月には、本来だったらオフブロードウェイでミュージカルが上演されるはずでしたが、パンデミックで無期限延期になってしまいました。今後またオフブロードウェイでの上演を予定されていますか?
オフブロードウェイでの無期限延期は、結果としてとても良かったです。オフブロードウェイがなくなったために2021年11月に日本公演をしたのですが、キャスティングがとてもうまくいきました。基本的にはミュージカルのキャスティングって2年ぐらい前からやるのが普通なんです。僕たちの場合は1年後のミュージカルのキャスティングをすることになったので本来そんなにいいキャストさんはブッキングできないのですが、ちょうどそのキャスティングのタイミングで映画が公開されたので「ミュージカルをやりませんか」って声をかけたら皆さん二つ返事で乗っかって来てくださって。映画の公開が先になかったらこんなキャスティングはできなかったし、オフブロードウェイで公演をやっていたら日本での公演をやっていなかったので、結果としてとても良かったです。
今うちの会社のミュージカルチームがニューヨークにいてブロードウェイの演出家と会ってるんですけど、日本でとてもいい公演ができて、その映像を渡せるから話が早いんですよ。なのでブロードウェイは必ずやります。来年、遅くても再来年ですね。
西野さんは「世界一を取ること」を目指して活動をされていらっしゃいますが、目指す道のりの中で今は何合目ですか?
今、1合目ですね。(笑)
なぜ世界一を目指されているのですか?
ファンの方に申し訳ないじゃないですか。僕はファンの方に非常に応援されて支えられた人間なので、自分のファンの方に「イベントに来てね」とお誘いしておきながら、「ディズニー以下ですけど」「シルク・ドゥ・ソレイユよりはすごくないですけど」とかはやりたくなくて。お呼びするからには「世界で一番すごいものをつくったので見に来てください」と言うほうがファンの方との関係性がフェアだなと思うんですよね。
あと、難しいことは百も承知ですが、「世界一になれないこともなさそうだな」とも思いました。世の中に沢山ある素晴らしいエンターテインメントに「何が負けているんだろう」って中を分解していくと、内容というよりもビジネスモデルだな、と。例えば作品を1つつくるのに100億円かけていたりして、そこでまずマウントを取られちゃってる。でもそこの問題さえクリアしちゃえばいけないことはないなと思いましたね。内容で負けてたらもうお手上げなんですけど、解決しなきゃいけない問題が明確だからいけるなと思いました。
クリエイティブはちゃんと予算づくりからクリエイティブって呼ばないといけないと思います。日本は「予算のことはクリエイターは口にしちゃダメ」ぐらいのトーンでそれを分けちゃうんですけど、みんなと同じ予算だと結局みんなと同じようなことしかできないんです。ものをつくる時は、自分たちで予算をつくるところからやっていかないと世界では戦えないなと思ったので、そこにちゃんと向き合うようにしています。僕だけじゃなくて、うちの会社の人間は全員そうですね。
日本から世界へと活躍の場を広げられている今、拠点を日本以外の国に移すことも考えていらっしゃるのでしょうか?
来年ちょっとだけニューヨークに住むと思います。
西野さんからみて、ニューヨークはどんな街ですか?
挑戦者に対して基本的にウェルカムな街。1回リングに上げて、ちゃんと戦って、負けた人がいなくなる、というすごいフェアな街だなと思います。
最後に、これからアメリカで初めてプペルを観る方へ、伝えたいメッセージや映画の見どころについて、一言で教えてください。
「自分がつくった作品がどういう風に受け止められるのか、今ドキドキしています。」
初監督作品がアメリカ公開ですが、率直に今の感想を教えてください。
この業界に入ってからずっと「監督をやりたい」と言い続けて思い続けてきたので、ようやくそれが叶ったこと、作品を完成させることができたことが本当に嬉しいですね。日本だけでなく、北米も含めて世界中の人たちに見ていただいているということがすごく夢のような気持ちで。日本人とはまた違った感覚・感性を持っている方たちに自分がつくった作品がどういう風に受け止められるのか、今ドキドキしています。
初めから世界公開を視野につくられた作品ということですが、日本以外の視聴者も想定して制作された部分について具体的に教えてください。
この作品はファンタジーなので、1つの国の文明・文化を取り入れるのではなく、実際にはない世界をつくったからこそ世界共通で楽しんでもらえる世界観をつくれたかなと思っています。
あとは、あえて日本風・アジア風の景色を取り入れています。我々が日本人としてつくった作品なので、自分たちに馴染みのある日本やアジアの面白いところを取り入れることが世界的に楽しんでもらえることに繋がるんじゃないかなぁ、と考えてましたね。個人的にも日本やアジアの雑然とした景色だったり、路地裏のごちゃごちゃとした中にいろんなドラマが起きていそうな景色がすごく好きなので、そういうところを取り入れました。あとはえんとつ町の中は、人種を固定しないでいろんな人がいる、という括りにしてますね。
監督をされるにあたって今回工夫されたことや苦労されたことを教えてください。
映画初監督なので全部わからないことだらけ、というか、苦労といえば全部苦労(笑)。 ただ自分がまだ監督として未熟であることを自覚しながら進めていたので、スタッフと一緒につくる中で自分が成長させてもらいながら作品をつくっていったなぁという実感はすごくありました。あと、元々自分はCGを専門としていたので、これまで短編作品などで3DCGを使ってきたんですけど、長編のボリューム感でバックグラウンドもすべて3DCGでつくるということはスタジオとしても僕としても初めてだったので、そこは本当に毎日苦労してチャレンジした部分でした。えんとつ町っていろんな建物がひしめき合って、えんとつもとにかく沢山あってそこから煙が出ていて、というとても密度のある世界なので、それを「3Dでつくる」っていうところが一番大変だったところかなぁと思います。
えんとつ町のモデルは東京の渋谷だそうですね。
冒頭のハロウィンダンスのシーンは渋谷のスクランブル交差点をモデルにしたシーンで、建物とか交差点の構造はスクランブル交差点になっています。あと、ほとんど隠れているんですけど、渋谷には実は「渋谷川」という川があって、それをプペルがブレスレットを探しにゴミ山まで歩いていく下水道のモチーフにしていたりとか、えんとつ町の広さが渋谷区ぐらいといった形で、ポイントで渋谷をモデルにしていますね。それ以外にも台湾の九份という町の雰囲気や、瀬戸内海の周南コンビナートという工場の景色も取り入れて、1つの町につくり上げました。
この作品は世界の様々な映画祭から引っ張りだこですね。どんなところが国境を越えてプペルが愛される魅力なのでしょうか?監督ご自身としてはどんな風に分析して、受け止められていますか?
いろんな映画祭に呼んでいただいたり賞にノミネートさせていただいて、とても光栄で嬉しいですし、何より参加したスタッフたちの自信にすごく繋がっていると思います。作品の持っているテーマが世界共通のもの、特に現代的なものだと思っているので、そこがしっかりと世界の人たちに受け止めて感じてもらえた、というのが嬉しいところですね。あとは、僕はこれまで大人向け・ハイティーン向けの作品に参加してきたので、今回はファミリー向けの「子どもも楽しめる作品」をつくらせていただいたことで、大人だけじゃなく世界の子どもたちに楽しんでもらえていることが本当によかったなぁ、嬉しいなぁと思っています。
これからアメリカで初めてプペルを観る方に、伝えたいメッセージや映画の見どころについて教えてください。
作品のテーマは2つあって、1つは「新しいチャレンジをしていく」ということ。もう1つは「家族の絆」です。世界共通で楽しんでもらえるエンターテインメントとしてつくりました。北米の皆さんにも、楽しんでもらえる作品になったと思っています。
映画「えんとつ町のプペル」は、2021年12月30日からニューヨークとロサンゼルスで、2022年1月7日から全米で公開される。 子どもも大人も楽しめる感動のストーリーとフルCGの美しい映像、特に緻密で幻想的なつくりの「えんとつ町」の映像はスクリーンでこそ楽しみたい。