連載763  日本のメディアは偽善者すぎる なぜイーロン・マスクは「長生き」に反対なのか? (完)

連載763  日本のメディアは偽善者すぎる なぜイーロン・マスクは「長生き」に反対なのか? (完)

(この記事の初出は4月5日)

 

寝たきり老人は長生きを望んでいない

 日本に寝たきり老人が多い理由は、「終末期治療」が“濃厚”“過剰”で、「できる限りお願いします」と、延命を医者に頼み込む家族が多いからだ。
 医療側も、胃ろうを付けたり、人工呼吸器につなげたりして、いつまでも患者を生かそうとする。そうしないと、安楽死が認められず、尊厳死への理解がない日本では、殺人罪に問われかねないからである。
 療養施設、介護施設を訪れると、寝たきり老人は本当に多い。そして、そこにいる人々の本音を聞くと、「こんなん、本当に殺生やわ」「本当につらい。もう人生の楽しみはないのだから、早く逝かせてほしい」という人が圧倒的に多い。そういう声を聞くたびに、私は体と頭が動かなくなった時点で安楽死させてほしい、不本意なかたちで長生きしたくないと思う。
 このような長生きの悲惨な現実を、メディアは隠して報道しようとしない。日本人が迎える人生の最期が悲惨であり、いまの医療のなかで迎える死は苦しみのほうが多いということを、まったく伝えようとしない。
 しかし、高齢者の多くは、このことに気づいている。長寿に関する各種アンケート調査の結果を見ると、「長生きをしたいと思う」人は、全世代で半数以下、高齢者になるとさらに減る。

筋力低下、認知症—-老化は避けられない

 人間、70歳を超えると、体力、知力の衰えを確実に意識するようになる。私の周囲にいる80歳以上の方に聞くと、「70はまだいいほうだ。80を超えると、食事をする、トイレに行く、寝るなど、みな努力が必要になる」と言う。
 25歳をピークにして、ヒトは加齢に伴い筋肉量が減り、40歳くらいからは低下する一方になるという。これを、筋肉を構成する筋繊維で見ると、その数は20歳代に比べ80歳代で半減するそうだ。加齢に伴ってもろく弱くなった筋肉を「サルコペニア」と言い、これが、高齢者の転倒や寝たきりの原因になる。
 一方、脳のほうも老化していく。
 近年の統計を見ると、認知症は、65歳以上の高齢者全体では約17~18%と推計されている。もちろん、年齢が上がれば上がるほど割合は高くなる。85~89歳では約40%、90歳以上では約60%の方が認知症という。
 高齢になって認知症の症状が進むと、家族の顔もまったくわからなくなり、ついには食べ物を食べ物と認識することさえできず、自分では食べられなくなる。私の母も、最後のほうは私の顔がわからなくなり、「ベッドの下に小人が住んでいる」などと妄想を口にするようになった。
 この世の中に、なにも認識できないまま、寝たきりで生かされている高齢者はどれほどいるだろうか?
 推定で、寝たきり老人は200万人と言われている。

『楢山節考』が描いた日本人の死の行動

 長生き礼賛は、私たち日本の文化、伝統ではない。昔の老人は、自分は家族や社会のお荷物と意識して、控えめに暮らしていた。それが、いまや「人生100年」と踊らされ、いつまでも生きられるような錯覚を抱いている。
 映画になった『楢山節考』の物語を、日本人ならたいてい知っている。老婆おりんが住む寒村では、厳然たる3つの掟があった。「結婚し、子孫を残せるのは長男だけである」「他家から食料を盗むのは重罪である」「齢70を迎えた老人は『楢山参り』に出なければならない」。
 こうして、おりんは「口減らし」のため、あと3日で正月になる冬の夜、長男の辰平の背板に乗せられ、「楢山まいり」へ出発する。
 楢山に登っていく途中には白骨遺体が転がり、それを啄ばむカラスがいた。山の上に着くと、辰平は母を降ろして、帰り道を下る。そこに雪が降ってきて、それに感動した辰平は、「口をきいてはいけない、道を振り返ってはいけない」という掟を破り、「おっかあ、雪が降ってきたよう~」と叫ぶ。
 辰平は母思いの優しい男だったが、村の掟、現実には逆らえない。まだ、時期が来ていない正月前に「楢山まいり」することを望んだのは、おりんのほうだった。辰平はそれに従ったのである。
 深沢七郎のこの小説は、日本各地にある「姥捨伝説」に基づいたものという。日本人は昔から自らの「死に時」を悟って行動していたのだ。
 日本人はもともと、死に対しては謙虚であり、潔いい。私はそれを見習いたいが、いざ、そうなったときどうするか、自信はない。ただ、イーロン・マスクが言うように、意味もない長生きだけは望まない。
(了)

 

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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 


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