連載800  「フェイクほど拡散する」SNS時代。踊らされない、投資に失敗しない方法とは? (中1)

連載800  「フェイクほど拡散する」SNS時代。踊らされない、投資に失敗しない方法とは? (中1)

(この記事の初出は5月31日)

 

フィリピン新大統領は独裁者の息子

 SNSの洗脳力がものすごいという出来事が、最近、フィリピンで起こった。かつて独裁によってフィリピンを支配したマルコス元大統領の息子、フェルディナンド・マルコス・ジュニア氏(通称「ボンボン」、64)の大統領選挙の圧勝である。
 なんと、ボンボン・マルコス氏は、2位候補に3倍以上の大差をつけて当選してしまった。
 フィリンピンの選挙は、日本の選挙とはまったく異なる。とくに大統領選挙は、アメリカの大統領選挙に近く、国をあげてお祭り騒ぎのようになる。
 選挙集会では有名タレントが司会をやり、人気芸能人、人気歌手が登場してパフォーマンスを繰り広げる。街には候補者のポスターが溢れ、コンビニでは候補者の写真が印刷されたカップが置かれ、飲み物はそのカップに入れて販売される。
 このような選挙運動の中心にいるのが、若者たちだ。
 フィリピンでは、日本と違って若者たちは積極的に選挙に行く。なにしろ、フィリピンの国民の平均年齢は26歳と若い。
 この若者たちが日頃もっとも活用しているのが、フェイスブックなどのSNSで、ある調査によると、若者のネット接触時間は1日10時間に達するという。
 ボンボン・マルコス氏は、SNSを徹底利用し、若者たちを洗脳、歴史まで書き換えてしまった。

 

いまも鮮やかなマラカニアン宮殿追放劇

 フィリピンというと、私のような世代がはっきりと覚えているのが、弾圧からの解放と自由を求める民衆が起こした「ピープルパワー」運動、一種の市民革命である。これにより、1986年、「マラカニアン宮殿」と呼ばれた大統領官邸からマルコス一家は追われ、アメリカに亡命した。
 当時、私の知り合いの記者、ジャーナリストはマニラに飛んで、この模様を逐一報道した。
 いまも鮮やかに覚えているのが、宮殿に残された“女帝”イメルダ夫人の豪華コレクションだ。高級ブランドの靴1060足、高級ブランドのハンドバック888個、ミンクのコート15着などが、テレビを通して映し出された。これを見て、民衆の怒りがさらに増幅したのは言うまでもない。
 マルコス一家は、マルコス元大統領の死後、帰国を許されたが、イメルダ夫人は脱税、贈収賄などの容疑で逮捕され、保釈金を払うことで釈放された。
 その後、彼女は大胆にも大統領選に立候補したが、落選。しかし、息子のボンボン氏はイロコス州の州知事や上院議員に当選して、父親の後を追ったのである。
 そしてとうとう、父親と同じ大統領になり、イメルダ夫人は大統領の母になってしまった。夫人は現在92歳だが、健在だ。

 

過去を虚飾しSNSで徹底して訴える

 このような過去を、フィリピンの若者たちが知らないはずがない。教科書にも載っている。しかし、その時代を生きていなかったのだから、実感はない。
 そこで、ボンボン・マルコス氏は、SNSで難しいことはほとんど言わず、映像と音楽で明るい未来を示し、父親がいかにフィリピンに貢献したかを言い続けたのである。ユーチューブのチャンネル登録者数は220万人を超え、フェイスブックのフォロワー数は580万人に達した。
 ボンボン・マルコス氏が語った父親の業績は、すべて政権初期のもので、その後の独裁による民衆弾圧、金権政治のことに関してはいっさい触れなかった。しかも過去を虚飾し、事実を捻じ曲げた。
 たとえば、彼は歴史の教科書の記述を否定した。「教科書には、私の父があれを盗んだ、あんなひどいことをしたと書いてあるが、こうした主張はすべて裁判では証明できずに真実ではなかったという判決が出ている。これらは政治的なプロパガンダだ」
 こうした主張を若者たちは鵜呑みにした。しかし、実際は、マルコス一家の汚職、不正蓄財、人権侵害は明確な証拠に基づき、裁判でも有罪の判決が下されていたのである。


(つづく)

この続きは6月30日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 


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