連載812 円安、株安、賃金安の3重苦は止まるのか?
行動経済学の罠に落ちた日本(中)
(この記事の初出は6月14日)
「株安、円安、賃金安」の三重苦と日銀
さて、今週明け(6月13日)、日経平均は先週のNY株の大幅安を受けて800円以上も暴落した。円安も進み、抵抗ラインとされた1ドル=135円をあっさり突破してしまった。
かつては株価が下がれば円高にふれたが、いまは「株安、円安」となり、これに、先進国ではダントツの「賃金安」が追い打ちをかける「三重苦」である。
そんななか、インフレは確実に進み、毎日のように値上げの報道があるので、市場も消費者心理も、すっかり冷え込んでしまった。もはや、完全なスタグフレーションで、“大不況”と言っていい。
だから、先週の日銀の黒田総裁の「家計の値上げ許容度も高まってきている」という発言は、猛烈な反発を招いた。最終的に「表現はまったく適切でなかった」と撤回・陳謝したが、日銀批判はいまも続いている。
円安の最大の原因は、日米の金利差にあるとし、FRBが引き締めと利上げに転じたのに量的緩和を続ける日銀に対し、「なぜ緩和を止めないのか」「日本も金利を上げるべきだ」という声が後を絶たないのだ。
金利を上げたら国家財政も中小企業ももたない
野党や一部エコノミストは、日本も金利を上げて世界に合わせれば円売りに歯止めがかると主張する。たしかに、理論的にはその通りだが、それを実行した場合、これまで大量に発行してきた赤字国債に莫大な金利がついてしまい、いずれ国家財政は破綻してしまう。
現状でゼロ金利を1%に上げただけで、来年度の予算が組めなくなる可能性がある。そのため、黒田日銀は、なにがなんでも「現状維持」(異次元緩和続行)なのである。現行政府と日銀にとって、いったん始めてしまった緩和を手仕舞いするなど、怖くてできないのだ。
アベノミクスが量的緩和を1丁目1番地に据えたのは、経済成長を取り戻すためではない。金利を抑えて大量の国債発行を可能にし、それによって政府が生き延びるためだ。こんなことは、アベノミクス開始当時、私はさんざんメディアに書いた。
日本の場合、いま金利を上げれば、借入金で生き延びてきた中小企業がもたない。すでに、コロナ禍のこの2年で、給付金、無利子貸付金で生き延びてきた企業もバタバタと倒産し始めている。
製造業の国内回帰などありえない
いまの円安は「悪い円安」という見方が定着したが、いまだに円安メリットを提唱する人間たちがいる。黒田日銀総裁も、ついこの間までそう述べていた。
株式評論家も、「円安メリットがある銘柄を買え」などとぬけぬけと言う。つまり、自動車、電機、精密機器、機械などの輸出企業にとっては、円安は収益拡大要因だというのだ。
しかし、グローバル化による世界的なサプライチェーンのなかでモノはつくられ、適地生産、適地輸出が定着している。また、国内生産するにしても、肝心なエネルギーや資源は輸入頼みである。
それなのに、円安で工場が日本に戻ってくるなどという“寝言”を言う向きがあるが、いまさら日本が「世界の工場」になるわけがない。そうした産業はすべて中国や新興国に持っていかれてしまった。
この10年間で、いまを除いてもっとも円安になったのは2015年6月で、このときドル円は125円86銭をつけだ。しかし、この年、製造業の国内回帰という動きはいっさい起こらなかった。いまもまた、そんな動きはない。
なにより、円安は金利差による為替レート変動だけが原因ではない。日本が続けてきた「失われた30年」と莫大な対GDP債務、そして経常収支のマイナスが大きく影響している。
(つづく)
この続きは7月19日(火)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
→ 最新のニュース一覧はこちら←