アートのパワー 第1回 「ホイットニー・ビエンナーレ」(前編)

アートのパワー 第1回 「ホイットニー・ビエンナーレ」(前編)

 ホイットニー・ビエンナーレが昨年から延期され、今年4月からニューヨークのホイットニー美術館で開催されている。ホイットニー・ビエンナーレは1932年にアメリカン芸術の調査として開催され、以来毎年、絵画と彫刻を交互に展示して、長い道のりを歩んできた。1973年にはその分類には当てはまらない作品が多くなり展覧会は隔年に変更された。昔はアメリカ国籍を持つアーティストのみに限定されていたが、時と共に枠が広がり、今年のアーティストはアメリカと何らかの関わりがある世界中のアーティストが選ばれた。この中には既に亡くなったアーティストで、この新しいグループに影響を与えたアーティストも含まれている。創立後3600人の作家が選ばれてきた。

 現在のミート・パッキング地区の建物へは2015年に移転した。ハドソン川と周囲を取り込み開放的な空間である。

 今年のテーマは「Quiet as It’s Kept(静かにされていながら)」ノーベル賞受賞者のアフリカ系アメリカ人トニー・モリソンの著書からの引用。展示作品はコロナ禍で作家が自己内面感想により作成、アメリカ美術の魅力と心強さを他民族的に、多文化的に、包括的に社会政治活動的に表した作品ばかり。選ばれた作家は63名。

 ホイットニー・ビエンナーレでビデオ作品が紹介されて50年になる。今年の展覧会では2人の作家のビデオ作品に目が向いた。

 レーヴェン・チャコンは1977年 フォート・デファイアンツ、ナバホ国に生まれ、ニュー・メキシコ州アルバカーキ在住の作家。

 「三つの歌」(2021)。大型の隣り合わせに置かれた3つのスクリーンに過去、現在と未来について小太鼓で拍子を取りながら素朴に歌う一人ずつのアメリカ原住民女性達。3本のビデオが1本ずつ放映。母国語で原住民が受けた扱いに反対する歌を彼女らの言語で歌っていた。特に過去の歌にTrail of Tears(涙の道)が語られていた。これは1830年のインディアン強制移住法によって20年間に渡り5つの部族の約6万人の原住民がサウスイーストからミシシッピ川の西側に歩いて移動させられ、その内約1万6千人は飢餓、病で死んだ歴史。原住民を追い出すことでヨーロッパからの移住民がサウスイーストの土地を奪った。涙の道を生き残った部族の若者達はassimilation(白人社会に同化)の為に親から離され寄宿舎での教育を受けさせられた。そこでは部族の言葉は禁じられ、話すと罰を与えられた。荒い扱いで殺された子供達も多かった。ビデオの女性達が部族の言葉で歌っていることは生き残った証である。映像画面の左壁にはチャコンの13枚のリトグラフの版画シリーズ。それは現在の原住民13名の女性作曲家がジットカラ・サーという20世紀初めの作曲家への敬意だ。白黒リトグラフの版画の文字と印は暗号のように見えた。

 

 同じチャコンの作品、隣の黒い幕に囲まれた大きなスペースに「トーマス・エジソンの最後の息」(1931)と「沈黙のコーラス、音のインスタレーシン」(2017)。

 空間に流れる遠くからの音は、スタンディング・ロックというスー部族の居留地とノースダコタ州ビスマーク中間地で録音されたもの。2016−2017年には10ヶ月間部族のメンバーと環境保護者達が居留地の飲水の水資源、聖なる敷地、文化財を破壊するパイプラインの建設に反対して膠着状態に陥った。感謝祭の日には女性リーダー達、数百人が抗議、パイプライン会社のセキュリテーと州の警官に向かい沈黙の対立を行なった。音声はわざとよく聞こえないように、今まで抑えられて聞こえてこないようにされていた原住民の状況を表していると黒人の守衛さんから聞いた。エジソンの最後の息、それを保管していたのが自動車会社を立ち上げたヘンリー・フォードとは、近代のテクノロジーの必要性に疑問を投げかけているようだ。この作品を見てマルセル・デュシャンの「パリの空気」を思い出した。

 

 バイデン大統領の内閣にはデブ・ハーランド内務長官がいる。彼女は内閣に勤める初の原住民。インディアンの保留地や白人社会同化と言う上に寄宿舎で殺された若者達に対する調査を行っている。アメリカの歴史で抑えられたまま来てしまっている課題が最近取り上げられる様になっている。荒れた土地に置かれた保留地での厳しい生活、さらにそこに石油のパイプラインを入れる、環境保護の問題にも面して、チャコは作品を通して大声をあげている。 ホイットニー・ビエンナーレは9月5日まで続く。

後編に続く

 

文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学、美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院、東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術への関心を基にTOPPI(突飛)NYCを創立。人類のビーズとの歴史は絵画よりも遥かに長い。改めて素材、技術、文化、貿易等によって変化し来た表現に注目。独自の文法と語彙を視覚的言語と思いアクセサリー作りを行っている。


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