第1回 ニューヨーク アートローグ

第1回 ニューヨーク アートローグ

ニューヨークは街中がキャンバス

 ニューヨークといえば、メトロポリタン美術館やニューヨーク近代美術館(MoMA)といった世界の主要美術館と一流のアート・ギャラリー、そしてオークションハウスがアート市場を席巻するアートシティーと称される。もちろん長年住んでいても、学校の授業以外では美術館に行ったことのないニューヨーカーもいるだろう。ところが、興味がある無しにかかわらず、通勤や買い物、通学中などの日常生活の中でアートに触れているのである。そう、街なかのビルの壁に描かれた落書きとも呼ばれるグラフィティアートから、公園や街角、建物の屋内外のパブリックアート(屋外彫刻)などなど、街を歩けばストリートアートに当たるのだ。

 

グラフィティアート

撮影:筆者

 あちらこちらで目にするカラフルな壁画作品。グラフィティの歴史は、1960年代にフィラデルフィアで始まったとされ、ヒップホップが誕生した70年代にニューヨークにシフトした。学校、地下鉄、車、アパートなど、あらゆる公共物に出現。当時は経済恐慌に伴い犯罪が溢れていた街のなかに描写されたアートはむしろバンダリズムであり、破壊的でマイナスイメージが強かった。スプレー缶やマーカーでタグと称し、名前や文字をマークに仕立て「書く」行為が当時グラフィティだった。悪いイメージを取り払うため、80年代中旬にニューヨーク市は一斉に落書きの清掃を始める。地下鉄車両には清掃しやすいステンレス製の画期的な車両が起用された。それが日本の川崎重工業製だとニュースで話題に上っていた記憶がある。そして80年代の終わりには、落書きだらけの車両は消滅していた。その一方で、グラフィティアーティストたちはその表現方法を貨物列車やビルの屋上、高速道路に移し、さらには建物の所有者の許可を得て合法的に描く者たちも増えていった。同時にニューヨークのグラフィティアートの崇高者は世界に広がった。そして90年代以降には、グラフィティは芸術性を確立していったのだ。

 今一番トレンディなグラフィティアーティストは、ロンドン郊外出身の素性不明のバンクシーだろう。ステンシル(型紙)を使いスプレーで壁に描く神出鬼没のアーティストとして知られ、2005年にMoMA、メトロポリタン美術館、大英博物館に自分の作品を勝手に展示して話題となってから、次々とゲリラ的に世界各地の壁にメッセージを込めて描き続け、物議を醸し出してきた。さらに2021年10月には、意図的にシュレッダーされた作品がオークションで約25億円で落札された。これまでのグラフィティアートの概念は根本から塗り替えられたのだ。

 

ストリートアートを芸術にした
若者キース・ヘリング

撮影:筆者

 さて、グラフィティだけでなく、路上や地下鉄構内で毎日繰り広げられているあらゆるパフォーマンス、つまりストリートアートは80年代にヒートアップしていた。美術館に行くのは金持ちかブルジョアか、あるいは変人くらいという時代だ。ギャラリーで展示されるのはほとんど白人男性のアーティストに限られていたし、敷居が高く一般人には無関係な世界だった。このような状況下で、ニューヨークの多様性溢れるアーティストたちはストリートを表現の場としたのだ。その頂点にいたのがジャン・ミシェル・バスキアやキース・ヘリングだった。ヘリングは、地下鉄構内の黒い紙が貼られ空いている広告版に、白チョークで素早く絵を描くというサブウェイ・ドローイングという活動を始め21歳で一躍有名に。1958年ペンシルベニア州に生まれ、1990年にわずか31歳でエイズ合併症により亡くなるまでのおよそ10年間で膨大な作品を残している。明るくシンプルで、社会的なメッセージ性の強いアートは死後30年以上経った今でも世界中の人々から愛され続けている。Tシャツやグッズで誰もが一度は目にしたことがあるだろう。ヘリングは地下鉄やストリートでのアート活動から世界に飛び出し、展覧会や壁画制作などを精力的に続けた。児童病院や公園などに多くのパブリック・アートを残している。ニューヨーク市内で公園や壁画を見ることができるが、イーストヴィレッジ(アスター・プレイス)に設置されている、手を振りかざすようなポーズの鮮やかな緑色の彫刻作品は、現在の不安だらけな日常を送る私たちを元気付けているかのようだ。「アートは魂を解放し、想像力を刺激し、人々を勇気づけなければならない」 ―キース・ヘリング

 

ニューヨークに残るキース・ヘリングのパブリックアート
WOODHULL MEDICAL CENTER
760 Broadway, Brooklyn, NY 11206

THE LESBIAN, GAY, BISEXUAL & TRANSGENDER COMMUNITY CENTER
208 W. 13th St, New York, NY 10011

CARMINE STREET POOL
1 Clarkson St, New York, NY 10014

THE CATHEDRAL
CHURCH OF ST. JOHN THE DIVINE 1047 Amsterdam Ave, New York, NY 10025

CRACK IS WACK PLAYGROUND
E. 128 St (2nd Ave & Harlem River Drive), New York, NY 10035

 

Photo by Kouichi Nakazawa

梁瀬 薫(やなせ・かおる)
国際美術評論家連盟米国支部(Association of International Art Critics USA )美術評論家/ 展覧会プロデューサー 1986年ニューヨーク近代美術館(MOMA)のプロジェクトでNYへ渡る。コンテンポラリーアートを軸に数々のメディアに寄稿。コンサルティング、展覧会企画とプロデュースなど幅広く活動。2007年中村キース・ヘリング美術館の顧問就任。 2015年NY能ソサエティーのバイスプレジデント就任。



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